「弓佳ちゃん、四年くらい前、世界的なウイルス感染症が流行ったの覚えてる?」

 もちろん。あれは忘れられない。
 何日も寝こまないといけないほどの高熱や咳が止まらなくなって、今はようやくワクチンや薬が行きわたるようになったけど、その当時は、はっきりした治療法が分からなかったんだよね。
「オレんち、家族全員が感染しちゃって。しばらくのあいだ店を閉めざるを得なかったんだ。みんな、数日で元気にはなったんだけど、そのあとが大変で――」


「きめぇなー、近づくんじゃねーつってんだろバイキン!」
「みんな言ってんぞ! お前んちの店が、この町にあの病気持ちこんだって」
 今まで仲がよかったクラスメイトたちは、久々にオレが登校したとたん、ひとが変わったようにオレを攻撃しはじめたんだ。

 あの日の帰り道、それはさらにひどくなって。
「いーかげんにしろよ、露原! こんなもん学校に持ってくんじゃねーって!」
 なんとかいじめをおさめるために持って行った『ロゼ』のクッキーは、みんなに食べてもらえるどころか、乱暴に投げ捨てられた。
「オレたちにまで病気うつすつもりか? もう誰も『ロゼ』の商品なんて買わねーってよ!」
「やめろ! やめろよ……お願いだからっ!」
 
 あのときのオレは、小柄で弱っちくて。ただ泣いて頼むことしかできなくて。
 目の前でぐしゃぐしゃにされたクッキーみたいに心がこなごなになりそうだった。
 だけど、そのとき。
「あんたたち、なにやってんの!?」
 って、ひとりの女の子がオレのそばに走ってきたんだ。

「あ!」
 あたしのなかで、パチッと記憶の泡がはじける。
 そうだ、思い出した。
「オレのヒーローはキミだったんだよ。弓佳ちゃん」
 先輩はとてもにこやかな顔つきで、そうあたしにささやいた。