HRが終わると、教科担任の佐藤は恭平を捕まえに来た。





「約束通り、放課後居残りな。部屋は旧校舎の4階の英語科教科室」




と指示を出し、課題を渡した。






言いつけのとおり、

教室のある新校舎を抜け、

渡り廊下を歩いて、

大股で旧校舎4階へ上がった。



英語科教科室は、教室の半分の大きさしかない。




投げたカバンが勢い余って落ちて余計な一手間がかかる。



「はぁ」

適当に席につき、テキストをめくる。




If I had loved you, We would ( ) ( ) happy.



「もし、私があなたを愛せていたなら、私たちは……。」




テキストを読むと、

「仮定法で過去形を使った場合には、現在の事実と違うと思っている事柄を表す」



と書いている。



「なんじゃ、こりゃ。前半は『私があなたを愛していた』?」



一問目からつまずいているようじゃ、終わらない。




日に焼けて色素の薄くなった茶髪を思わずかきむしる。




しかし、テキストを読めば読むほど、現在形だの過去形だの、しまいには過去完了なんて出てくるから混乱してくる。







頭を抱えていると、カジャンと鈍い音が誰もいないはずのフロアに響いた。




小学生の頃、使っていた缶ペンを床に落として気まずい思いをしたことが蘇る。





恭平が何回も机から缶ペンを落とす度に授業は止まり、担任によって缶ペンは禁止令を出された。

「おまえのせいだ」とクラス中の女子に責められたっけ。






立ち上がり、音がした隣の被服室に顔を出すようにそろりと覗く。





床に散らばっているものをかき集める姿が見えて、駆け寄った。



恭平が側に行くと、音の主は「ひゃっ」と驚いたがすぐに申し訳なさそうな顔になった。




「ごめんなさい。響きましたよね、音」



どうやら、缶ケースに入れている裁縫道具をひっくり返してしまったようだった。




被服室で居残りってあるんだっけ?




そう思いながらも、恭平はひとつひとつを拾い上げ、机に上げる。




昔から使われている木造の机に縫い針が吸い込まれそうだ。





「ありがとうございました」

「……いえ」





沈黙が耐えられない恭平は口を開く。





「っと、その缶、いいっすね。今流行りの昭和レトロ?みたいな感じで」



 

ふふっと女の子は笑って言った。





「父が出張で行った札幌のお土産なの。中身は下のきょうだいにあげる条件で私がもらったの」

「やさしいんですね。今、縫ってたのは?」

「これは学校の課題、終わらなくって居残りよ」

「実は俺も英語の課題で残されていて」

「あら、私、英語は得意よ。力になれそうだったら、煩くしてしまったお詫びとお礼に」





その提案に恭平は飛び乗った。