「えっと、火曜日は定休日、ですよね?」
「あ、そうなんですけど、食べていただきたいものがあって。」

 わざわざ15日を指定とはどういうことなのだろう。その日は何かあったかな…なんて思いを巡らせ、はたとたどり着いた。

「あ!」
「え、ど、どうしました?」
「私の誕生日!」
「そうですよ、忘れてたんですか?」

 カウンターから伸びてきた手がマリネと白ワインを置いてくれる。

「…完全に忘れてました。特に祝ってくれる人もいませんしね。」

 ぐっと堪えて、『去年から』とは言わずに済んだ。その前の年には彼氏が祝ってくれたけれど、その次の年の誕生日まではもたなかった。誰かに祝ってもらうような予定がなければ、誕生日は特に代わり映えのしない日常と同じだ。

「僕が祝いたいので、綾乃さんの好きなもの、教えてもらえませんか?」
「好きな…もの。食べ物がいいですよね?」
「食べ物でも、そうじゃなくてもいいんですけど、食べ物だったら作り方、勉強します。」
「じゃあ、お言葉に甘えて、健人くんに作ってもらいたいものをリクエストしますね。」
「はい!」

 満面の笑みが返ってくる。ふとした瞬間の表情や、しぐさなんかは落ち着いていて(というのも、おそらく綾乃が見ている健人の姿が仕事中であることがほとんどであることも理由の一つだとは思うが)しばしば彼が大学に入りたての、比較的最近まで高校生だったことを忘れるのだが、まっすぐ返される笑顔は年相応に可愛いことがある。…と最近知った。実際にいる自分の弟はこんなに可愛くないのだが、彼は可愛い、とそう思う。

「今日リクエストできなくても大丈夫ですか?」
「もちろんです。急な提案ですし。」
「ちょっと持ち帰りますね。」
「お仕事増やしちゃったみたいですみません。」
「いえいえ。嬉しいお仕事ですよ。」

 ワインを傾けつつ、マリネを口に含む。優しい味が口いっぱいに広がって、少しだけ酔いが回ったような気がした。