リリシアを前に乗せ、セヴィリスは丁寧に手綱を操った。馬は常足(なみあし)で進む。

「……お義父上に、ベルリーニ伯爵に会いに行くつもりだった?」

 リリシアは前を向いたまま、素直にこくんと頷いた。
 彼は怒っていると言ったけれど、ダリウスの時のような、焦りや苛立ちを含んだ声ではない。むしろすこし寂しそうに感じられる。

「伯爵に挨拶に行くのになぜ私も一緒じゃないのかな?私は、あなたの夫だろう?」
「……で、でもこれは、ベルリーニ領での問題で」
「あなたは、デインハルトの人間だ」

 セヴィリスは言い切った。馬を止め、リリシアの背中を強く抱きしめる。そして、彼女の肩に顔を埋めた。

「だから、私と一緒に行くんだ」

 わかった?

 切なげな声。リリシアは息が止まりそうになってしまう。

「貴女を守るのは私の役目だ。魔印だけでなく、全ての脅威から。どんなことも、一人で背負わせたりしない。そう婚礼式で誓った」

 セヴィリスは彼女の髪をひとすくいして、そこへ口づける。

(でも、それは、この婚姻では……そうじゃないのに。どうして、そんなこと、言うの……?)

 彼の考えがわからない。わからないのに、どんどん惹かれてしまう。愛などない、そういう婚姻のはずだ。
 好きになったら、迷惑かけてしまう。
 何も答えられないまま、苦しさで、リリシアの胸は潰れそうになっていた。


 無言の二人の前に、やがて、ベルリーニ館の大きな鉄門が見えてきた。