馬車の小窓から見える風景が逆戻りしていく。馬車は順調に進んでいた。グリンデルの緑深い山々や草地が遠くなる。青い空の下、街や集落が現れてはまた流れる。やがて、真っ白な建物が見えてきた。思わず身を乗り出す。

「あ、あれは……」
「聖堂だよ。私たちはあそこで婚礼式を挙げたんだ」

 厳かな佇まいは瞬く間に通り過ぎていく。
 リリシアは馬車の心地よい揺れを感じながら、流れる景色を不思議な気持ちで見ていた。
 三ヶ月前はこの景色を楽しむ余裕などほとんどなかった。不安と緊張と、そして戸惑いでいっぱいだったから。

 毎夜ひどい悪夢に悩まされていたことも、今は遠いできごとみたいに感じられる。

 今、リリシアの前には麗しい青年がいる。長い足を窮屈そうに組んで、穏やかに窓の外を見つめていた。『夫』はあれからずっと、そばにいてくれる。
 だが、リリシアが思い描いていた新婚生活とは全く違った。この三月(みつき)は、聖騎士の砦ともいえる館で、魔印を和らげる日々だった。

 それでも。
 リリシアは青い空を見上げた。

(それでも私、とても幸せだわ)