今まで、リリシアに好きなもののことを情熱を持って語るものなどいなかった。お茶会と同じく、彼女が諦めてきたもののひとつだ。そして。

『妖精あたま』

 リリシアの頭によぎった言葉だ。
 ルーシーたちが言っていたのは、おそらくこのことなのだろう。たまたまセヴィリスが石探しをしている場面に遭遇した令嬢がことを大きく触れ歩き、噂が噂を呼んだのだ。

(私は、本当に馬鹿ね。あの人たちの言葉を少しでも信じて、セヴィリス様のことを怖がって……)

 今、ベルリーニの人々ははるか遠く、彼らの嘲りや悪意はリリシアには届かない。

「セヴィリス様。もっともっと、たくさん、聞かせてくださいませ」

 彼女はセヴィリスの手のひらに赤い石を戻した。そして、手を握り心からの笑顔を向けた。セヴィリスが大きな目を瞬かせる。

「あ、ありがとう……」

 庭園では、リリシアのお茶会が今も続いている。だが、賑やかな空気はここまでは届かない。それでもデインハルト家の古い温室では、同じくらい弾んだ会話が交わされていた。
 ただひとつ違うところといえば、二人を包む空気がどんな砂糖菓子より甘くなっていったことだろう。



 **

 満月の夜。

「やはり、なにか変だな……」

 寝台に腰掛けたセヴィリスは呟いた。
 魔印の手当てのため、リリシアの肩を見ていた彼はもう一度、首を捻った。
 窓には重い布をかけ、月の光が入り込まないようにしている。満月にそなえ、魔印がおこす症状を警戒しているのだ。
 リリシアは不思議そうな顔で聖騎士長を見上げた。目の下の隈はすっかり消え、頬は薔薇色で健康そのものだ。初夜にあれだけ感じた頭痛や痛みはほとんどない。微かに肩が疼くのは間違いないのだが、いつもとほとんど変わらない。

「変……とは」

(セヴィリス様が毎夜、とても丁寧に手当てしたくださるから、夢も見ないし、身体の調子もすごくいいのだけれど)

 だから、彼女はなぜ夫がこんなに首を傾げているのかわからないのだ。

「ああ。思ったよりも症状が出ていないのはとてもいいことなんだ。普通はもっともっと侵食されるものだからね」
「そ、そうなのですか?」