ここでは誰もリリシアを見てコソコソ笑ったりしないし、誰かの不確かな噂話を嬉しげに披露するような令嬢や令息もいない。ましてや、水をかけたり足を引っ掛けたりして毎度彼女を途中で退席させるような者もいないのだ。

 優雅な猫足の白い椅子に座り、リリシアは帽子の鍔の下から皆の様子を眺めて幸せな気持ちになっていると、初老の紳士が現れた。ぴっちりとした燕尾服に身を包んでいる。家令のアンドルだ。彼だけはいつもと変わらず生真面目に給仕を指揮し、全体を取り仕切っている。

「奥様、お茶のお代わりは?」
 恭しく尋ねられる。
「いえ、今は結構です。……あなたもお座りになったらいかがですか?」

 リリシアは席を立ち彼に示した。家令は穏やかに首を横に振る。
「とんでもございません。私には仕事がございますので、お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」
「でも……」

 もしかして、今回のことで気分を害してしまったのだろうか。伯爵邸の執事や家令は使用人の中でも特に地位も高く、その館の全てを取り仕切る役職だ。皆矜持を持って勤めに励んでいる。この国の慣習に照らせばリリシアの茶会は使用人と雇い主の関係を履き違えていると思われても仕方のないことでもある。もしベルリーニ一族で誰かがこんな茶会を言い出せば、伯爵や夫人は慌てて医者を呼ぶだろう。

「あの、私、出過ぎた真似を……」

 アンドルはそこで初めて表情を変えた。彼は「とんでもございません。リリシア様。私は心から感謝しておりますよ。奥方様」と笑ったのだ。
 リリシアは家令を見つめた。
「え、と……」

 もう何度目になるだろうか、やっぱり彼女はどう返していいかわからなくなるのだ。この館の人々はなぜこうも自分を肯定してくれるのだろう。魔物に襲われ不気味な印がある自分に。セヴィリスの名目上の妻でしかない私に。

 家令は穏やかにリリシアを見つめる。

「失礼ながら貴方様は、ご自分がなぜ、この館で歓迎されるのか不思議に思っていらっしゃるようですね」
「……っは、はいっ!そうなんです!私、わたし……」

 リリシアは思わずアンドルに大きく頷いた。

「セヴィリス様がご自分の責任を強く受け止めてらっしゃるのはよくわかります。それでも、こんなに、なんといっていいか……良くしてもらえるなんて、私やっぱりわからなくて……こんな」

 ベルリーニ夫人がかつて幼いリリシアに放った『恥知らずの子』の言葉が思い出され、彼女は口籠った。