ふと、そんな疑問がよぎる。

「……ええ、ありがとうございます」
「それでは朝のお支度を始めますね。なにをお召しになりますか?髪型はどのような形がお好きですか?」

 サラはテキパキと動きだす。まっすぐな金髪を一つに結んだ彼女は窓を開け放つ。そして、リリシアを鏡台の前に座らせた。

「だ、大丈夫です。自分で……」
「まぁ、いけませんわ。奥様。私どもの仕事を奪ったらなにもすることがなくなってしまいます。さあ」

 彼女は大きな櫛を取り出し、リリシアの髪を梳かしはじめた。

「奥様のお髪、とても綺麗な栗色ですね」

 リリシアは恥ずかしそうに笑う。

「寝不足が続いていたからなのか、最近はぱさぱさしてしまって……」
「そんなこと! すぐに艶のある御髪になりますよ! 私にお任せを。この館でセヴィリス様の奥方様のお世話をすること、……とても楽しみにしておりましたの。こんなに可愛らしい方をお迎えできて本当にうれしいですわ」

 サラはにこにことはりきって楽しそうだ。

「わ、私は……」

『結婚生活をするつもりはない』

 セヴィリスの言葉が蘇る。
(妻というのはただの肩書きだけなのに……)

「大丈夫、どんなご事情があれ、貴女様はこの家の奥様ですよ。皆もそのつもりでおります」

 鏡越しにサラと目が合う。彼女は安心させるように頷いていた。この館の主人が聖騎士という役目を担っていることは、彼女たち使用人も知らないはずはない。

ともかく、サラはリリシアの魔印のことはわかっているようだった。だからこそ、なんとも言い難い気持ちになる。肩書きだけの妻なのだから。

「あ、ありがとうございます……サラさん」
「サラ、とお呼びください。奥様」

 なんだかいたたまれない気持ちになってしまい、リリシアは曖昧に微笑む。

 そして、リリシアにとって驚きの新婚生活が始まったのである。