「ここは今日から貴女の住まいだ。好きに過ごしてくれていい。もちろん、魔物を倒したからといって離縁したりなどしない。魔印が消えて元気になったら、ここで愛人を作るのもいい。私は子供も望んでいないから」

 とにかく貴女の人生を、命を守るのが私の、聖騎士としての責務なんだ。

 彼はしっかりとした口調でリリシアにそう告げた。一瞬、瞳がめらめらと燃え上がったように見えた。彼の瞳はリリシアを通り越し、その後ろに巣食う魔へ向かっている。リリシアはそこに、底知れぬ敵意を感じた。

「……今日は疲れたよね。おやすみ。ゆっくり休んで。そのお茶にはよく眠れるような調合にしてあるから」

 穏やかに微笑むと、夫は中扉の向こうの自室へと消えていった。一人残されたリリシアは混乱と、不安と、安堵と、なぜだかわからないけれど、少しの寂しさを感じながら閉じた扉を見つめていた。

(な、なんてこと……)

 分厚い布がかけられた窓の外で、丸い月がグリンデルの黒い森を照らしていた。

 そして、リリシアはその夜、本当に久しぶりに夢のない深い眠りにつくことができたのだ。