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 グリンデル領主、セヴィリス・デインハルト卿の館。
 東側最上階に設られた広い一室。ここが夫婦の部屋となる。

 本当は大して時間は経っていないのだろうが、リリシアには新郎を待つ時間が永遠に続くかと思えた。燭台の炎が揺れるたび、夫が現れたと思いびくっとして立ち上がる。そしてまた、落ち着かなげに寝台近くの椅子にちょこんと腰掛けるのだ。

(ち、違った……。ダメだわ、どきどきしてしまって……)

 リリシアはもう一度鏡に向かった。

(顔色は……大丈夫なはず)

 日が沈んだおかげで、館は柔らかな薄闇に包まれていた。燭台の灯り程度ならリリシアの隈も隠してくれるだろう。リリシアは自分の頬を両手で包んだ。

(落ち着いて……大丈夫、旦那様のお望み通りにするの)

 これから起こることについて、リリシアはベルリーニ家の侍女頭から説明を受けた。なのである程度の知識は当然持っている。

 でも、だからといって不安がないなんて嘘だ。自分では触れたことさえないところをどうにかされるのだし、それに、やはり養父やルーシーたちの『妖精あたま』という言葉もチラつく。

(やっぱり、ダメ…… 落ち着くなんて無理だわ。ドキドキして頭がクラクラしてきたみたい)

 かつてない緊張で心臓がおかしくなりそうだ。そのせいもあってか、肩の熱がどんどん激しくなって、痛みに変わってきた。

 リリシアはぎゅっと目を閉じ、形見のペンダントを握りしめて深呼吸した。こうすると少しは痛みも和らぐ気がする。

(お父様、お母様、私、精いっぱい旦那様に尽くすわ。こんなのけ者の私を娶ってくれたんだもの……)

 それでも、だんだんと視界が歪んでくる。

(うそ、なんで……こんなひどく……わ、たし……初夜にこんな、こと、だめよ。しっかりしなくちゃ)


 めまいと痛みに必死に抗う。でも、よろけてしまって、寝台の柱につかまった。そのとき、荒々しく扉が叩かれた。

「リリシア殿、ごめん。遅くなって! 大丈夫? セヴィリスだよ」