(馬車の中でも、とてもお優しかったわ……)

 賑わう宴の中でリリシアとセヴィリスが直接話す機会はほとんどないまま、しきたりにのっとり途中で花嫁は退席する時間となった。もちろん、花嫁にはこの後初夜の準備が待っているからである。

 リリシアは皆の温かい目に見送られて、また新しい私室に戻ってきた。

(け、結局、なんにもお話ししないまま夜になってしまったわ……)

 月の明かりが大きな装飾窓から入り込んでくる。今夜は満月だった。賑やかな歌声や話し声が館の向こうでまだ響いている。あちらは朝まで宴が続くのだ。

 リリシアは小さく息を吐いた。大人数の宴に慣れなていないせいで、ずっと肩に力が入っていた。

 それでも、慌ただしさのせいでリリシアは不安の種のこともほとんど考えずに済んだ。

 でも、花嫁にとっては今からが本番だ。

 扉が丁寧に叩かれ、侍女が二人入ってくる。二人はリリシアににっこり微笑みかけ、手にした衣類を掲げた。

 この国では、初夜を迎える部屋で新郎新婦以外は言葉を発してはならない。喜ばしく神聖な気を穢さぬためだ。

リリシアは侍女と言葉を交わすことなく、湯を丁寧に浴び、彼女たちの手を借りて白い絹の夜着を身につける。

「……っ」

 リリシアは小さく息を飲んだ。式の間は忘れていた肩の違和感が再びぶり返してきたのだ。今夜は特にひどくて、左の肩が異常に熱い。

(肩が、燃えてるみたい……)

 すると、侍女が気遣わしげにリリシアの顔をのぞきこんだ。

「いえ、なんでもない、です……」

 彼女は小さく首を横に振り微笑んでみせる。
(きっと緊張しているから、過敏になっているんだわ)

 ずきずきと疼く肩を絹布で覆い、リリシアは寝台へと向かった。早春の季節、まだ空気はひんやりと冷たい。心臓の音がどんどん速くなるのを感じながら、リリシアは夫となった人を待っていた。