何もかもが初めてで、ベルリーニ家を出発する馬車に乗っている時から緊張していた。だから式が華やかだろうが慎ましがろうが、とにかく粗相のないようにするのに必死だった。

 それに、一番の問題は彼女の不眠が続いていたことだ。きちんと寝ようなどと決めてはみたものの、薬草茶や快眠に効く運動など自分なりに調べても全く効果はない。醜い獣人の接近は一日一日と近く、長くなってきていた。

(このままでは、あれに触れられてしまう)

リリシアは今朝も恐怖で寝汗をびっしょりかいて飛び起きた。肩が疼く。眠るのが怖い。

リリシアは寝台の上で膝を抱え顔を埋めた。どうしようもない孤独と不安が襲う。

家族に冷たくされてきたとはいえ、この部屋は彼女だけの安らげる空間だった。だがもう見知らぬ館で、見知らぬ人物ー変人かもしれないーにつくす生活が始まるのだ。

おそらくこれは、嫁ぐことが決まった女人なら誰もが経験する憂いなのだろうが、彼女にそれを教える人はいない。

「大丈夫、なにもかもうまくいくわ」とリリシアを励ます言葉はこの家のどこからも聞こえてこなかった。

その代わり。
リリシアはいつものように胸のペンダントを握りしめた。とてもあたたかい。

彼女は朝の日差しに金の石を掲げてみた。蜂蜜色に輝く石は、父と母の面影を運んでくれる。大丈夫よ、と言ってくれている気がした。

(そうね。がんばるわ)
誰もいない部屋で彼女は一人、頷いた。

扉が開く。侍女が告げた。
「さあ、長い一日の始まりですよ。リリシア様」