ルーシーの声はひそひそ話からだんだんと大きくなる。

「グリンデルは広いけど森ばっかりの野蛮な土地と聞いたわ。お父様が詳しく話したがらなかったのもわかるでしょ」

 二人は勝ち誇ったように手を握り合った。

「あんたはそんなとこにお嫁にいくのよ。稀代の変人のところへね! 愉快でしかたないわ」
「リリシア。ベルリーニ家のはみ出し者のご令嬢。あなたにお似合いね。せいぜいお幸せに」

 二人は腕を組み、高らかな笑い声をあげ去っていった。後に残されたリリシアは、再び肩の疼きを感じながら彼女たちの後ろ姿を呆然と見つめるしかできなかった。

 こうして早春の三月、伯爵令嬢リリシア・ベルリーニはグリンデル領主、セヴィリス・デインハルトへと嫁ぐことになった。

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婚礼はデインハルト一族の習慣に則り、千年もの歴史を持つという真っ白な造りの聖堂で行われた。
 デインハルト家は国王の一族と同じくらい古い歴史を持っているが、王都での華々しい生活を好む貴族階級とは違い、どちらかというと地方に身を置きながら王国を支える武骨な一族でもあった。
 
 ルーシーが言った、謎に包まれているというのは本当で、厳粛で地味という以外、王都の貴族たちはデインハルト家のことをそんなに詳しくは知らない。
 今回の婚礼式も華々しいというよりは少人数で慎ましく厳かに行われたのである。

だが、地味な式にもかかわらず、聖堂には王家からの贈り物が飾られていた。

 王家の紋章を精巧に彫刻した見事な銀の盾は、それだけで白い聖堂の中に威光を放っていて、招待されたベルリーニ伯爵は度肝を抜かれたようだった。普通、よほど名のある諸侯でない限り、国王の紋章など賜ることはないからである。

 とはいえリリシアはそれどころではなかった。