「それは、夫になる方のことですから……」
 彼はリリシアの言葉を苛立たしげに遮り、そして言い含めるようにゆっくりと続ける。

「いいか、リリシア。相手がどんな素性だろうとお前に選択権などないのだよ。十年前、養女としてお前を引き取った恩を忘れたわけではあるまい?」
「も、もちろん、とても感謝しております」

 彼女は慎ましく目を伏せた。伯爵家は本意ではないにせよ、まだ財産の管理もできない幼く寄るべのない自分を引き取りこの歳まで邸においてくれた。そうでなければリリシアは身を売って生活することになっていただろう。

 あの時リリシアを引き取ろうと申し出ていたのは、身寄りのない女の子ばかりを育て、売春婦として働かせると悪名高い商人だったからだ。

 とはいえ伯爵としては、「ベルリーニ卿は駆け落ちした令嬢の幼い血縁を見捨てた、血も涙もない人物」という噂を立てられたくない、という保身の一心でリリシアを引き取ったにすぎないのだが。

「ならばあれこれ詮索するのはやめて、婚姻生活がうまくいくよう考えなさい。そんな顔色で嫁いで、不健康な女はいらぬとでも言われたら大変だからね。それと、式はひと月後。あちらの領地にある聖堂で行うそうだ」
「ひ、ひと月……?」

通常令嬢の婚姻は準備にも時間がかかり、盛大に催されるものだ。ひと月というのはあまりにも早い。
 伯爵は尊大に頷いた。 とにかく彼は早くリリシアを手放したかったので、相手がひと月後に婚礼をしたいというのにも全く反対しなかった。養父は妻が毎日のようにリリシアとその父親について恨み言をいうのに辟易していたのだ。

リリシアには一応両親が残した財産がわずかばかりだがある。伯爵はそれを持参金に充てるつもりだった。ベルリーニの支出は極力少なく、早々に厄介者払いができる。伯爵家にとっては良いことづくめであった。

「さて」