二人は手を握り合い、街の宿屋へと向かった。今にも降り出しそうな黒雲が湧き、遠雷が聞こえるなか高級宿の主人がいそいそと迎える。

「おかえりなさいませ。デインハルト様。本日もお部屋はふたつお取りいたしますか?」
「あ、ああ……いや」

 そこで彼は急に言葉に詰まった。

「ええと、変更を頼む。最上階を貸切にすることはできるかな」
「上を……?貴賓室は四つほどありますがそちら全てにお泊まりで?」
「そう。頼めるかな」

 セヴィリスの耳はなぜか赤い。主人は奥方の方をちらりと見て、大きく頷いた。

「かしこまりました。今夜は雷雨になりそうです。すぐにお荷物を移しましょう。どうぞご自由にお使いくださいませ」

 街の旅館には貴族のために建てられたものも多くある。宿の主人たちは、彼らが何を望むかをよくわかっていた。品格と清潔、利便と、そしてなにものにも妨害されない空間だ。

「風呂も整えてあります、ごゆっくりとお過ごしください」

 夫妻を最上階の豪華な部屋へと案内すると、主人は恭しく下がっていった。

「セヴィリス様? なぜお部屋の引っ越しを? 私たちは二人だけですのに」

 扉がゆっくりと閉まると、リリシアは不思議そうに尋ねた。この旅の間じゅう、セヴィリスはどこの宿でも部屋を二つ取り、妻の魔印の世話をした後には別の部屋で休んでいたのだ。

 セヴィリスの形の良い耳はいっそう赤くなった。