ひとりの少年が茂みから飛び出してきた。頭に枝や葉をひっつけている。

「シノ!」
「り、リリシアお嬢さま!」

 泥に塗れた顔で少年はこちらに駆けてくる。その後ろにもう一人くっついていた。二人の顔には恐怖がこびりついていた。

「あ、あの子たちです!よかった、……二人とも」

 リリシアは両手を広げて二人を迎えた。だが、少年たちはものすごい形相で首を横に振る。

「は、はやく逃げないと! あいつがくる……っはやく……っ」
「あいつ……?」
「狼なんだろう! お前たち、早く馬車に乗りなさい!」

 御者は慌てて馬の繋ぎ紐を解きにかかる。

「ち、ちがう……っ、狼なんかじゃないっ、化け物だ、怪物だよっ!」
「怪物?」
「そうだよ!あんなけむくじゃらの……見たことない……」

 少年たちはガクガクと震えている。まともに喋ることが出来なさそうだ。

(雷のせいで、何か恐ろしいものを見たのかしら)
 リリシアは彼らの手を取る。

「大丈夫、大丈夫よ、さあ、乗って。帰りましょう」

 二人を馬車へとつれて行こうとしたとき、一陣の風が彼女の前を通り過ぎた、風にのって嫌な臭いが流れてくる。鼻をかすめる獣くさい匂いと、鉄の匂い。地を這うような低い声はどんどんと大きくなって、やがて狂気じみた咆哮へと変わる。恐怖が、リリシアを一瞬で捉えた。

(なに、この唸り声。こんなの……聞いたことがないわ)

「うわぁぁ、き、きたっ! お、追いかけてきたっ」

 少年たちは木の間を凝視して腰を抜かし、ぺたりとお尻をついてしまう。

 やがて、ゴロゴロと鳴る雷とともに「あいつ」が姿を見せた。