ぱしゃん。

 リリシアがあっと顔を上げた瞬間にはもう、彼女は頭から水をかぶっていた。静まり返るお茶会の席。ぽたぽたと雫が前髪から落ちる。

「あらぁ、ごめんなさい!あなただったの、リリシア」
「まぁ! たいへん。なにやってるのよルーシーお姉さま、ねえリリシア、あなた大丈夫?」

 ルーシー・ベルリーニとセーラ・ベルリーニ。

水浸しの令嬢の遠縁にあたる姉妹はくすくすと二人で笑い合いながらこちらを見ていた。絹の手袋を嵌めたルーシーは大きめの水差しを手にしている。美しく着飾っている彼女たちはその場の誰よりも華やかな茶会用のドレスに身を包みながら、「あなたの髪飾りをお花と間違えてしまったみたい。だってあまりにも綺麗だからお水をあげなきゃと思って。ね、お姉様?」

 と無邪気な表情で肩をすくめる。姉のセーラも同じく邪気のない瞳で大きく頷いていた。

「ねえ、許して?リリシア」

彼女たちは眉を下げて気の毒そうにリリシアを見ていた。その場にいた十数人の令嬢たちは互いにこっそりと見つめ合い、皆曖昧に微笑むだけだ。誰もリリシアのことを助けるものはいない。

「あなたは優しいもの。こんなことで怒ったりしないわよね」
「そうよリリシア、そんなところに突っ立ってないで早く着替えてらっしゃいな。ここは侯爵夫人のお庭よ。そんなずぶ濡れでいたら『家族』の私たちまで恥ずかしいじゃない」

 セーラがリリシアに微笑みかける。そして周りの令嬢たちの方を向いた。

「さあ、わたくしたちはあちらへ。今日はとてもたくさん殿方もいらっしゃるそうよ。バルコニーで皆さま力比べをなさるんですって、見に行きませんこと?」