以前書籍になったもふもふのボツ案その2

ぬいぐるみ主人公Ver.

起 転生したら高い高い塔のてっぺんに幽閉されていた縫衣(ぬい)。これはいわゆるラプンツェルでは?とのんきに考えながら自分の髪をよった糸で編んだぬいぐるみをひたすらに量産する日々。一番のお気に入りは、この塔に置いてある絵本に描かれたふわふわの白いライオンのような獣の姿を模したぬいぐるみである。他にもうさぎやバグやクマなどがいる。ぬいはぬいぐるみたちに命を吹き込める能力を手に入れていた。一人は寂しいが、彼らは毎日ぬいと共に生活をしてくれる。かわいいぬぐるみたちに慰められながら、ぬいは穏やかで退屈な日々を過ごしていた(食べ物ならどこからともなく運ばれてくる。ぬいは下剋上により滅された王族のただ一人の生き残りで、敵国の王によって深い森の高い高い塔に幽閉されていた)
そんなある夜、窓から大きな獣が現れる。獣は、ぬいが作ったぬいぐるみと同じ白いライオンの姿をしていた。食べられるのでは?と怖気ずくぬい(ぬいぐるみたちを背後に庇いながら)だが、獣は反して縫衣の寝床にふらふらと横たわるとそのまま眠ってしまった。見ると、どうやら腕を怪我しているようである。ぬいはぬいぐるたちに手伝ってもらいながらなんとか手当てをする。彼は全身が真っ白だが、しっぽの毛先だけが黒い。大きく温かなぬいぐるみのような獣の傍で、ぬいはいつの間には眠ってしまうのである――。
承 翌朝ぬいが目覚めると美しい獣はいなかった。残念に思いながらも、食べられなくて済んだとほっとしたぬいだったが、その日は珍しくぬいを幽閉している王族の使いが塔へと訪れたのである。きけば、ぬいを解放する話が出ているという。そのためには、滅亡した国に代々伝わる特殊な力を開花させなければならないと突きつけられる――恐らくぬいぐるみに命を吹き込んだこの力のことだろうが、ぬいぐるみを動かせたところでなんだというのか……王族の使いには言うに言えず、ぬいはがんばってみます、と小さく答えるのだった。物心ついたころからの今のこの生活が変わってしまうこともこわい。
その日の夜も、ぬいのもとに白亜の獣は訪れた。獣はぬいに美しい宝石と美しいペンと紙を持ってきたが、ぬいは困り果ててしまう。この宝石を飾って出る場所も、この世界の文字を知らない書けないぬいにペンと紙は宝の持ち腐れである。そう言って獣につき返すと、獣はふんと鼻を鳴らしてぬいのベッドへとまたも転がりこんだ。そのままふんともう一度鳴くので、ぬいがそっと近づくと獣は大きな手を振り上げてぬいを抱き込んで眠ってしまった。これではどちらがぬいぐるみかわからないなと思いながら、心配するぬいぐるみたちに大丈夫と伝えて、ぬいはまたも獣と共に眠ってしまうのである――。翌日、獣はやはりいなかった。ぬいは相変わらずぬいぐるみを作ってはお友達を増やす日々を過ごしていたが、たまに訪れるその獣と共に眠る夜が増えた。ぬいぐるみたちも獣に懐くようになり、月の光を浴びてまどろむ獣にじゃれついては適当にあしらわれて笑っている。お友達だわ、とにこにこするぬいを横目に、獣はやはり朝にはどこかへ帰ってしまうのだった。数日後、馬のいななきが塔の下から響いた。見れば、例の使者である。しかし今日は妙に目立つ男を連れている。褐色の肌に白銀の髪をした美しい容貌の男(前述の獣である)は、ぬいを見下ろすと、小さく舌打ちした。この人舌打ちした!とぬいはショックで使者の話をまともに聞いていなかったが、男は終始ぬいを睨みつけている(ように見えるだけで、人の姿同士になっても小さいぬいがかわいくてかわいくてどうしたらいいかわからなかった)。
結局最後まで男の正体は明かされなかったが、服装や仕草から高貴な人間だということはわかった(私のことを値踏みに来たんだ……とぬいは絶望する)
使者と派手な男が帰った後、なぜか部屋の壁に美しい壁が飾られた。王族からの贈り物らしい。なぜ急にそのようなことをされるのかとぬいは怖くなったが、美しい鏡に罪はないのでとりあえず身支度に使わせてもらうことにした。その夜ぬいは獣に会いたくなったが、獣はこなかった。次の夜もその次の夜も。獣の訪れを待ちながらも空元気で過ごすぬいにぬいぐるみたちは鏡の前へとぬいを誘導する。クマのトトが鏡にもこっとした手をつけると、なんと鏡をすっと通り過ぎたのである。仰天するぬいの手を引いて、トトは鏡の中へと入りこんでしまった。目を開けると、ぬいはなんとトトの姿になっていた。さらに言えば、見たこともない美しい宮殿の中にいる。大きな広間に飾られた大きな鏡と、ぬいの塔の鏡はどうやらつながっているらしい。トトとなって城のなかを人間たちにばれないように探検するぬいは、ふと視線を感じて振り向いた。そこには先日やってきた怖くも美しい男が立っていた。慌てふためくトト(インぬい)を男は拾い上げると、「迷子か」と訊いてきた。見た目よりずっと優しい声に驚きつつ、ぬいは小さくうなずく。男は驚いた様子もなく、ぬいを優しく抱き込むと鏡の間へと連れてきてくれた。「帰る場所を望めば帰れる」――それはつまり、行きたい場所に行けるということなのだろうか。ぬいがぬいぐるみたちが待っている塔を想像しながら鏡をくぐると、そこは果たして見慣れた塔の中だった。姿も元のぬいのものになっている。それからぬいは度々鏡をくぐっては、例の男と遭遇しては抱き枕にされるようになった。強面の男がぬいぐるみを抱いて眠るのがなんだか可笑しくて笑ってしまうのだが、今のぬいはぬいぐるみのトトなので笑っても相手にはばれない。男はアグールといい、この国の第一王子(つまりぬいの一族を滅ぼした下克上を起こした男の息子である)なのだという。この男の白銀の毛先は黒く染まっている。男は言葉を発さないトトに、いろいろなことを話してくれた。国のこと、王族の呪いのこと(ぬいが唯一の生き残りであるいまは亡き国を滅ぼしたわけ――はるか昔の呪いにより、その王族に心より惹かれてしまい逆らうことができず、服従してしまう呪いなのだという。だからこそ心身の自由のためにその一族を滅ぼし、当時幼かったぬいだけが塔に幽閉されたのだという)。アグールはトトに絵本を読み聞かせ、簡単な文字を教えてくれたりもした。――そうやって、獣の姿が多く描かれている城ではアグールと、塔ではたまに訪れる獣と過ごす夜がぬいの日常になったころ、再び使者が現れた。
「力は具現化しましたか」と言われたところでぬいには何もできない。とりあえず首を横に振ったが、使者は痺れを切らしたように城へとぬいを連行してしまう。ぬいぐるみたちが慌ててぬいの服の下にしがみついてついてきてくれた。
城では、なぜかとても歓迎された。初めて会う、ぬいの父王の代わりに王に成り代わった男は想像していたよりずっと柔和である。わけがわからぬまま城に数日滞在することになったぬいの前に、アグールが現れる。この姿であうのは二回目であるが、ついいつもの癖で彼に飛びつこうしたぬいを、アグールは冷たくあしらう「自分を幽閉していた男にこびへつらうのか」と揶揄され、傷付くぬい。ぬいぐるみたちはぬいのスカートの下で憤慨しているが、ぬいぐるみのトトにはあんなにやさしい彼がどうしてぬいにはここまで冷たいのだろうとぬいには不思議だった。この姿でも仲良くしたいと望むが、アグールはぬいには冷たいままである。アグールの弟たちはぬいに異様に優しく、不気味なくらいで、兄との対比が激しい(もしかしたら呪いが発動してるのかもしれない)。猫かわいがりされるその場から逃げ出したぬいは、大きな鳥かごのような庭へと入り込む。美しい花々が咲く箱庭のようである。その奥へと進んでいくと、いつも夜に訪れるあの白い獣がいた。
慣れない城生活で不安になっていたぬいは、ワーッと泣き出して彼に泣きついてしまう。獣は戸惑いながらも優しくぬいの涙を舐めると、いつものように抱えて慰めてくれた。
「……俺はどうしたらいいんだ」眠り際、アグールの声でそんな言葉が聞こえたが、次に目覚めた時にはぬいは城のベッドへと寝かされていた。

最後まで至らず