以前書籍になったもふもふのボツ案その1
清書したい。


死にたがりのリファはいつもしねない。しにたいのにしにたいのに、いつだって死ぬことができないのだ。
「今日こそは死ぬ。今日こそは死ぬ。今日こそは死ぬ」
奈落の底へと続くのかと言わんばかりの崖下を見下ろし、リファは震える足を叱咤した。
現代日本から転生してきたリファにとってこの世は地獄だった。ウォシュレットも電子レンジもコンビニもコインランドリーもない、このファンタジーな世界で、リファは記憶があるがゆえに孤独だった。前世で飼っていたかわいいかわいい黒の子猫と慎ましく穏やかに暮らしていたただのOLだったリファは、牧羊で生計を立てている家族のもとへ転生した。
幼い頃は愛されていた記憶もある。けれどリファが初潮を迎えたあたりで、周囲の生き物という生き物がリファに集うようになった。小さなものはリスや小鳥のような小動物から、中型は犬や、そして飼っている羊たち、牛など、そして大型は――。
「私は今日こそ死ぬからな!!」
誰に向けるともなく大声で怒鳴ったリファは、意を決して地面を蹴った。投げ出される身体。重力の掛かる身体――巻きあがる長い髪の毛。
反転した視界の先の青空が美しかった。
そして目の前を滑空してきた、大きく赤い翼も――。
「あああああああっ」
リファの怒号が奈落の崖に響きわたる。落下していたリファの身体は固いうろこを持つ大きなドラゴンの背に受け止められ、そのまま死ぬことはなかった。
これで33回目の失敗である。
小さなものはリスや小鳥のような小動物から、中型は犬や羊、牛など、そして大型はドラゴンに至るまで、リファは彼らを惹き付けてしまうのだ。自分のなにがそうさせるのかわからない。お陰で初恋の男の子にはドン引きされ、リファを慕ってやってくるドラゴンに踏みつぶされかけた村からは追いだされた。両親が厄介払いができたと喜んでいたのを知っている。絶望だった。カップラーメンもスマホもテレビもないこの世界で、リファは人間以外から好かれすぎて、人間に見放されてしまったのだ。
リファを死ぬための旅をしていた。行く先々で何も考えていないドラゴンや大型獣が撫でて撫でてと突撃してくるので、街は避けてずっと野宿である。現代の記憶があるのに野宿である。随分とたくましくなったと思う反面、おぞましい色の虫が足を這ってたりするとそのたびに絶望する。
そんなリファが赤いドラゴンの背で33回目の失敗を嘆いていると、真下から嫌な音が響いた。剣と剣のぶつかり合う音である。落ちないように背中に生えている毛を掴んでそっと下を覗き込むと、一人の男が数人の山賊に囲まれていた。山賊の手には鈍く光る剣が見て取れる。
多勢に無勢とドラゴンに指示しその男を助けると、男はある国の神官だという。美しい銀髪に褐色の肌の、まるで美術品のような男だった。とりあえず城まで送り届けるかとドラゴンの背に乗せようとするが、ドラゴンが珍しく嫌がっている(私からのお願いなら喜んで聞くのに、珍しいこともあるな)。ドラゴンを説得してなんとか城へ送り届けると、そこは暗黒のドラゴンを奉る邪教の国だった。邪教の連中は普通のドラゴンを神への供物にするといわれている一族である。これはあかんやつや……と神官をバルコニーに降ろしてさっさと逃げようとするリファを、神官が引き留めた。礼をしたい、せめて一晩だけでも、と乞われ(受け入れなければそのドラゴンを餌にすると暗に脅された)、離れたがらない赤いドラゴンを何とか引き離して一泊することに。
気の抜けないリファを神官は晩餐に誘う――その場にはこの国の王、そして双子の王子、そして邪教の偉い人たちが一同に介していた。
この国では、神官の位のほうが王より高くあるらしい。現王は神官の弟だそうだ。
彼らはリファのドラゴンをはじめとする動物たちに慕われる能力を賛美したが、リファは彼らにはっきりと告げた。
「アズル村のユーナ八歳、ココハ四歳、古都コトカラのザッカス十一歳、マナ十四歳」
「彼らは私に惹かれて突撃してきたドラゴンが破壊した建物に押しつぶされて負傷した。ユーナは腕を骨折して、ココハは内臓をやられて重症だった。ザッカスは姉のマナを庇って二度と歩けなくなったし、マナもかわいい顔に傷を負った。私のこの力は神の祝福でもなんでもない。人々に災厄をもたらす呪いだ」
だからこそ死のうとした。幸い死人は出ていないが、だからなんだというのだ。リファの軽率な行動が小さく若い彼らの人生を奪ったのだ。自ら命を絶つに値する人間だろう。
アズル村での一件のあと、リファは何があっても人々の集落には立ち入らなかったが、空腹のあまり倒れていたところを商人に保護されて古都コトカラに意識がないうちに連れていかれてしまったのだ。近くにいたドラゴンがリファに気付き、一撫でしてもらおうと古都へ飛び込んできてしまったのだ――。ドラゴンにとってはじゃれあいでも、もろい人間にとっては大岩の襲撃である。鋭い爪も、大きな翼も火を吐く口がある。リファは災いだ。
泣きながらドラゴンを遠くに追いやり、リファは人命救護に徹したが、できることなど限られている。ドラゴンやほかの動物たちがまた襲来したらと恐れ、すぐにその古都もあとにした。
前世の記憶では人畜無害な自分が、意図せず他者を傷つけ死の危険すら負わせたショックは、リファを絶望させた。
「あなたたちに称えられるような力では決してない」
リファの断言する言葉に、神官はむしろ感銘を受けたようだった。
「それならば」
神官はリファに暫くの滞在をすすめた。邪竜の加護でここなら簡単にドラゴンはやってこないし、大型の動物も邪竜を恐れてやってこない。心の平穏のために暫く滞在しないか、と。魅力的な提案だった。どこにいたって動物たちを引き寄せて、良かれと思って獲ってきた兎の死骸を枕元に贈られることにも疲れていた。ある時など、ドラゴンに人間をプレゼントされたこともある。即刻元の場所に帰らせたが。その他もろもろの理由でもう死のうと考えていたリファは、美しい神官の誘いに乗ることにした(「何か裏があっても、どうせ死のうとしてる身だ。こわいものなんかない」)。
そうして邪教の城に暫く滞在することになったリファだが、やはり裏があった。リファに宛がれた住まいは邪竜が眠るという鳥かごのすぐ真上である。
いつその邪竜が飛びついてくるかと戦々恐々としながらも、リファはなんだかんだ邪教の城で快適に過ごしていたリファだが、あっという間に過ぎた一週間後、神官に衝撃の事実を告げられる。
「今まで滞在されてきた費用の支払いをお願いします」「は?」「わたくしどもは滞在をお勧めしましたが、料金をとらないとは一言も言っておりません」「我々は世界から疎まれる邪教の国。なかなかに他国との貿易も難しく、慢性的な経済難なのでございます」神官はこのあとリファに殴られた。死ぬ前にまさか無銭飲食宿泊代未払いで逃げるわけにもいかない。大真面目な日本人の前世などくそくらえを思いながら、リファはそれを無視できなかった。とはいえ持ち合わせなどあるわけがない。
わなわなと震えるリファに、神官はさらに続けた。「お支払いが難しければ、代わりにお願いがございます」「は?」
「わたくしどもの邪竜アステリオス様を、どうか癒してくださいませ」「は?」
こうしてリファの、目指せ!疲れて弱りきった邪竜アステリオス癒し計画!が始まったのである――。
とはいえ、邪竜は眠っているという。じゃあどうするんだ?と神官のあとをついてくと、「こちらがアステリオス様の使い、クロマユ様です」と紹介されたのは、真っ黒の毛玉である。手で抱えるほどの大きな、もふもふとパーマしたまん丸い物体から、小さなしっぽと小さな手足が飛び出してふよふよと浮いている。
「毛玉じゃん……」日本人になじみ深いまっくろくろすけである。
疲れ果てて力を抑え込んでいる邪竜アステリオスの使い(省エネモード)らしい。毛玉はリファを見つけると、ふるふるふると歓喜に震え飛んできてしがみついた。
「いやめっちゃおひさまのにおいする」
顔面にしがみつかれながらリファが言う。まるで猫である。
「クロマユ様はこのお姿で既に百年のときを過ごしていらっしゃいます。神の使いであるクロマユ様がこの姿であるということは、アステリオス様も未だ力を蓄えられずにいるということ」
燃費が悪すぎる神様である。
「百年前の大戦で、この国を守るため大掛かりな術を使われたのでございます。他国から邪竜だ暗黒のドラゴンだなんだと恐れられていても、私たちにとってこの方は慕うべき守り神なのです」
その術のおかげでこの国の周り半径十キロは草一本生えない荒野となってしまったらしい。邪竜と呼ばれる所以はそこにあるようだ。
「ここずっと、誰にも心を開けず、クロマユ様は消耗していらっしゃいました」
こうして神官の手を借りつつ、クロマユと生活を共にするようになった。なんだかんだクロマユと生活を始めると、クロマユが素直で純粋ないい子だと伝わってくる。まるで聞き分けのいい子供のようである。ダメと言われれば守るし、うれしいことがあれば喜びを表現して飛び回る。怒ることは滅多にないが、意外とよく泣く(長い時間リファの姿が見えないとピーピー泣いて探し始める。正直ヒナの親になった気分である。かわいい)
リファはあくまで静かに暮らしたいが、毎日が賑やかだった。双子の王子が興味本位で顔を出しクロマユをボール代わりにサッカーをしたり、それを元気があってよろしいと神官はにこにこと見守っている(ただの叔父馬鹿である)(クロマユがリファ以外になかなか心を開かない所以を垣間見た気がした。神様だなんだというわりに、王子や神官はそれに対する信仰心が薄いように思える)
リファはふと、日本の神社や神様が廃れていくと神様の力が弱くなってしまうことを思い出した。
(もしかしたら力がなかなか戻らないのって、信仰心が足りてないのでは?一番アステリオスに近い王族と神官ですらああなんだ。民なんかはどうなんだろう?)
きけば、アステリオスへの参拝は百年前から禁止されており、年に一度の感謝祭で祭殿が解放されるくらいである。物は試しとリファは参拝を再開してはどうかと神官にかけあってみるが、神官はいい顔をしない。理由を聞くと、万人に解放される参拝にはもちろん他国の者の参拝も許される。しかしそのなかに邪教を忌避する者が混じっており、参拝者を切りつけるという騒動が起きたのだという(それを一緒に聞いていたクロマユがピーっと泣き出した。死者はなかったが、悲しい記憶らしい。この話を聞いて、自分も図らずも他の人を傷つけてしまったのだとクロマユに話をするリファ。クロマユはリファを元気づけるように、ちゅっと彼女に口付け――加護を授けた。のちのチート能力「盾」を貰った瞬間である)(リファに惹かれている神官はクロマユに嫉妬する自分を嫌悪しこの日深酒して眠る)
理由が理由だけにそれ以上食い下がるわけにもいかず、リファはなにかいい方法はないか考えることにした。
しかしその裏で、リファの訪れがアステリオス復活の転機ではないかと考える者がいた――神官の弟、この国の王である。彼は産まれた順で兄が神官に収まったことをずっと不満に思ってきたのだ。しかしずっと眠っていた邪竜アステリオスを目覚めさせることができれば、下剋上も可能ではないかと考えていた。
アステリオスの使いであるクロマユが懐いているリファの血を捧げれば、すぐに邪竜は力を取り戻し復活するだろう――そんな恐ろしい計画が進行しているとも知らず、リファはクロマユと城下町にいた。自分が守る民と交流すれば、もしかしたら元気も出るのではないかと考えたのだ。
しかし、どうしてもまたリファに一撫でしてもらいたい赤いドラゴンがまた突撃してきたのである。この国はアステリオスの加護にあるからと油断していたが、今は本体は眠っているため抜け道があったらしい。突然のドラゴンの襲来にパニックに陥る。リファが逃げまどう人々から一人離れて街の外へ出ようとするが、お構いなしに突っ込んでくるドラゴンが店や建物を破壊する――その下敷きになりそうなったリファ(クロマユは彼女の腕の中でピーピー怯えて泣いている)を神官が咄嗟に弾き飛ばして助けるが、その神官が下敷きになりそうになる。その瞬間、リファのチート能力「盾」が発動し、薄い水色の六角形の幕のようなバリアが張られ、崩れ落ちる壁から神官を神官守っていた。きっとクロマユから授けられた力だと神官に伝えると、少し考えるそぶりをしてこの力のことは内密にするようにと神官に言い含められた。


王に捕えらえクロマユと引き離されたリファは、暗い地下牢へと閉じ込められる――ここはかつてアステリオスへの生贄を〝保管〟していた場所だというが、リファには到底信じられなかった。あの優しいクロマユが生贄を?本当に?私に守る力をくれたのに?
リファはその地下牢で、ボロボロになった日記帳を見つける。
〝今日こそアステリオス様に捧げらる運命なのかもしれない――〟
〝不思議な黒いボールが現れて、私たちを全員逃がすと言っている。アステリオス様は本当はこんなこと望んでないって〟
〝今までの生贄もみんな逃がして外の世界で元気に生きているって〟
〝本当ならそれは希望だわ――〟
それはかつて生贄としてつれてこられた娘の手記だった。それを読みながら、リファは衝撃を受ける――クロマユ、お前喋れたのか――というのは冗談で、リファはアステリオスは邪竜ではないと確信する。人々の情報操作や誤解によってそのイメージが定着してしまい、その力を得ようとするあまり、人間が先走ってしまったのだと。
しかしそのことを神官に告げる前に、リファは王に地価牢から引きずり出されてしまった。アステリオスが眠る祭壇へとリファは押さえつけられる。クロマユは端でピーピーと泣いて暴れるが、繋がれた鎖が邪魔して助けに行くことができない。
リファはリファで(え、ここであの「盾」の力発動させていいのかな?今?タイミング合ってる?物語でいったらここいまどのくらい?終盤?いやもしかしたらこのあともっとすごい見せ場が)などと悩んで自衛しそびれていた。
リファの首に剣が降りおろされそうになったそのとき――あの赤いドラゴンが飛び出してきた(見れば涙目である。アステリオスを恐れながらも、リファを助けにきてくれたらしい)。咆哮によって怯んだ王を、物陰から好機を狙っていた双子にダブルキックされたクロマユが弾き飛ばした――。その際、かすめた剣でリファが怪我をし、数滴の血が流れた(ここでやっと神官が登場する)
ぴー!!クロマユの悲鳴が響き渡る――その瞬間、地響きが起きた。
アステリオス様の復活である。祭壇がひび割れ、その姿を現した――アステリオスは純白の姿をした美しい竜だった。この邪教の城が黒いのは、彼のこの姿を際立たせるためのものだとこの時気付く。アステリオスは背伸びをするように大きな羽根を広げると、転がった王とリファ、神官たちを見据えた。クロマユがピーッと泣いてアステリオスに抱き着いている。よく見ると毛づやがいい。アステリオスの復活で、クロマユにも力が戻ったのかもしれない。しかし王はただでは終わらせなかった。王に雇われた他国の反邪教派の人間が、弓矢を構えてリファたちの前に立ちふさがったのだる。王は息子である双子すら見殺しにしようとした――のを、神官がかばおうとする。リファは咄嗟に「盾」を張ると、その盾で男たちの周囲を取り囲んだ。盾をつかって、檻を作ったのである。
アステリオスはその美しい鼻先をすいっと有害に動かすと、男たちと王を、はるかかなたまで吹き飛ばしてしまった(物理)。
アステリオスはリファにそっと口付けを落とすと欠伸をして、再び祭壇のなかへ潜りこんでしまった。無数の光が溢れて、その姿を消す――また眠りについたのである(燃費が悪すぎる(二回目))。
そうして、後に残ったのは王以外の人間たちと、クロマユだった。
「最大の寵愛を受けたな」神官は言う。リファの額には、アステリオスの温かくも冷たい体温が残っていた。あの口付けのとき、見せられたもの――。
「私が傷つけてしまった子供たちの傷を治してくれた」
アステリオスはその力をもって、リファのせいで傷を負った子供たちを救ってくれたのだ。そしてリファを、救ってくれた。
泣きじゃくるリファを神官は抱きしめて、どさくさに紛れてそっとキスをした。それに気づいたクロマユが、神官の頭を齧る。
「クロマユ」
リファはクロマユを見た。「お前、クロだったんだね」リファが前世で可愛がっていた黒猫である。その言葉に、クロマユはわざとにゃーと鳴いて見せた。

王をなくした邪教の国を攻め入ろうと他国が考える隙もなく、双子が次の王として立った。父親の愚行を償うだけの覚悟はあると、クロマユでサッカーをしていたとは思えない頼もしい言葉である。アステリオスはまた眠ってしまったが、その神々しい姿を垣間見た邪教の信者たち数名、そして神官が証人となり、彼は決して邪竜ではないと世界に広めると約束された。昔生贄にされ、アステリオスとクロマユに救われた人の日記もある。心強い限りである。
リファはクロマユと相変わらず暮らしていたが、赤いドラゴンもその仲間に加わることになった。たまに他の動物やドラゴンも現れるが、アステリオスの加護のおかげか、以前より彼らの暴走が収まった気がする。
しかしそんな穏やかな日々のなかで、リファにプロポーズした神官の、対神の使い、対ドラゴンをライバルとした過酷な日々が始まったのだった――。


END