「まずまずだったな」

 レラが、ソファに座り、ふんぞり返って偉そうに言う。

「まずまずかどうかはわからないよ。私はただ『ルミ君』の言うとおりにしただけだもん」
「それが『まずまず』だって言ってるんだ」
「レラ、『まずまず』じゃないだろぉ。最高! 花ちゃんはさすがだよ、って言うところだからね、ここは!」
「ワッカってば、そんなに褒めてもなーんにも出ないからね」

 そう言いつつも、でもやっぱり褒められれば嬉しいもので、ついついふわふわの髪をなでてしまう。ワッカはえへへと笑ってされるがままだ。人懐っこい大型犬みたい。いや、トナカイなんだけど。

「でもほんと、ルミ君さえいれば何とかなりそう。アドじいが言ってた通り、一から十までぜーんぶ指示してくれるんだね」

 テーブルの上に置いてあるルミ君は、もちろん表情なんて変わらないんだけど、丸いお腹が、「任せろ」と胸を張っているようにさえ見えて頼もしい。

「ルミ君はすごいんですよ。何せ、アードルフ様だけではなく、すべてのサンタクロースの経験がインプットされているんですから」
「えっ、アドじいだけじゃないの?! すごっ! 何、ルミ君ってめっちゃすごいじゃん! ていうか、これがあるなら誰でもサンタになれるんじゃ……」

 そう言って、ワッカをなでていた手をルミ君に伸ばす。すごいとは思ってたけど、まさかそこまでだとは思わなかった。かなり見直したよ。明日もよろしくね。

「なれるんだよ、普通は。黙ってルミの言うこと聞いてりゃな」
「あとはまぁ、僕らのそりにビビらない(きも)っ玉とかぁ」
「それから、対象者がどんな人間でも私情を挟まない公平さが大事です」
「私、そりは平気だけど、その『公平さ』ってのは自信ないよ?」
「それはこれからですよ」

 ぽん、と頭の上に手を乗せられて、ふわふわとなでられた。レラとは全然違う優しいなで方で、何だかちょっと眠たくなってくる。

 ほわぁ、と大きなあくびをすると、「すげぇ。喉の奥まで見えるぞ」とレラが笑う。それにワッカが「ほんっとお前はデリカシーの欠片(かけら)もないトナカイだな!」と怒り、フミがまぁまぁとたしなめる。

「明日は朝から忙しいですから、今日はもう休みましょうか」
「そうだな。おいチビ、寝坊すんなよ。明日は朝飯食ったらすぐに出発だからな」
「花ちゃん、頑張ろうね!」

 三人に見送られ、私は自分の部屋へと向かった。扉を閉める直前にとんとんと肩を叩かれて振り向く。ワッカだ。

「ねぇ花ちゃん、もし緊張して眠れなくなったら、いつでも呼んでね?」
「呼んでって言われても、どうやって? 部屋まで行けばいいの?」
「ううん、枕元にベルが三つあったでしょ、あれの青いリボンがついてるやつを鳴らしてくれれば、僕がすぐに駆けつけるよ」
「わかった。青はワッカなんだね。でも、呼んだら何してくれるの? 子守唄でも歌ってくれるとか?」
「ううん、僕が添い寝してあげ――ぁ()ったぁ! 何すんだよレラ!」

 後ろからぽかりとやられたらしい、ワッカは頭を押さえながら、ギッとレラを睨みつけた。

「何すんだよじゃねぇ! 二人っきりで添い寝なんてダメに決まってるだろ!」
「何でだよぉ! 昔は枕並べて一緒に寝てたじゃん!」
「それはこいつがもっとガキの頃の話だろ!」
「えぇ~? 僕らからしてみたらまだまだ子どもじゃん」
「子どもだけども! そういうことじゃねぇんだよ!」

 ぎゃあぎゃあと口論を始めた二人に、またもや「こーら!」とフミが割り込む。

「どうしてあなた達はすぐにケンカするんですか。ワッカ、レラの言うことも一理あります。レディはもう立派にレディなんですし、いくらトナカイとはいえ、異性と二人きりなんていけません」
「だよな!」

 レラがフミの右肩をポンと叩いて、ワッカに向けて舌を出す。

「ですが、可愛いレディと添い寝をしたいワッカの気持ちもわかります」
「さすがフミ! 話がわかるぅ!」

 今度はワッカが左肩に手を乗せて、レラに向かってイーッと歯を見せた。

 そんな二人を交互に見つめてから、フミが、ぱん、と両手を合わせる。

「というわけで、間を取って、客間に布団を敷いて昔のように仲良く四人で寝――」
「おやすみ。また明日」

 全部聞かずに扉を閉める。
 もう子どもじゃないんだし、皆でなんて寝られるかぁっ!
 ていうか、どの辺が間を取ってるのよ!

「だいたいね、いまこんなに眠いんだから、緊張で眠れないわけないじゃん」

 そんなことを呟きながらベッドにもぐりこみ、ちら、と枕元に置かれた三つのベルを見る。それぞれ赤青黄色のリボンが結ばれていて、ワッカが青だとすると、たぶん赤がレラで黄色がフミだろうな、なんてことを考えた。うん、レラは俺様だから、なんか「俺様が赤に決まってるだろ!」とか言いそうだし。

 どういう仕組みなのかはわからないけど、とにかくこれを鳴らしたら、その色に対応したトナカイが来てくれることになっているらしい。他の二人に確認したわけじゃないけど、きっとそう。

 でもほんとにこれは使わないだろうな。だってこんなに眠いもん。眠い……ねむ……。

「アレっ!?」

 嘘でしょ、何か眠気が一気になくなったんだけど?!
 いやいやいやいや、さっきまでもうまぶた落ちかけてたじゃん! 何で!?

 ま、まぁでもこんなのよくあることだよ。
 遠足の前とか、運動会の前もそうだったしね。だけど目をつぶってじーっとしてればだんだん眠くなったもん。大丈夫、大丈夫。

 そう信じて、ぎゅっと目をつぶる。
 眠れない時は羊の数を数えるといい、なんてことも聞いたし、まぁ焦らず焦らず。

 そう思っていたんだけど。