こんな時間に誰だろう――といっても時間はまだ二十時前だし、訪ねてくる人だって限られてる。なおもしつこくコンコンコンコンと叩かれ、「はいはい、いま開けるってば」と言いながら窓の鍵をぱちんと外して、訪ねてきた相手の顔も確認せずにがらりと開けた。だって、どうせあの三人のうちの誰かなんだろうし。

 開いた窓から、風のようにひゅんと飛び込んできたのはやはりトナカイだ。それが、空中で人の姿に変わってスタっと華麗(かれい)に着地――、

 とはならなかった。

 ドタドタドタ、とひな壇のお笑い芸人が一斉にずっこけた時みたいな音がして、三人が転がり落ちて来たのである。

「えっ!? ちょ、何で全員来たの?!」

 思わずそんな言葉が突いて出ると、一番最初に起き上がったフミが「違うんです、レディ!」と声を上げた。

「私は一人で来るつもりだったんです! なのにいつの間にかこの二人が!」
「ずるいんだよフミってば、こっそり抜け出してさ!」
「俺はワッカがこそこそ出て行くのを見て後をつけてきたんだ。コイツは前に添い寝がどうとか言ってたからな! 油断も隙もありゃしねぇと思って」
「油断も隙も無いのはレラも同じです! 二人共厩舎(きゅうしゃ)に戻りなさい! 私はレディと大事な話が」
「イヤだね! 僕だって花ちゃんとお話あるもん!」
「お前らまとめて帰れ。チビに話があんのは俺だ!」
「ああもう、うるさぁい! お座り!」

 顔を突き合わせてぎゃあぎゃあと口論するトナカイ達の真ん中に割り込んで、三人を順番に(にら)む。お座りを命じられたトナカイ達は、大人しくそれに従って、ラグの上に正座を――レラだけは偉そうに胡坐をかいていたけど――した。

「何なの三人共。私に話って、何。もう順番に聞くから! はい、フミからどうぞ」

 ベッドの上に座り直して、左端のフミを指差した。

「では私から。明日の配達先の件です。アードルフ様から、明日の配達先がレディのクラスメイトだと伺いまして、しかも、その」

 と話し始めると、「えっ」とワッカとレラが一斉に腰を浮かせる。

「ちょっと待って、フミも?!」
「お前もかよ! っていうか、ワッカもなのか?!」
「えーっ、何、レラもその話?!」
「おだまりなさい、二人共! いま私から話して――って二人も同じ話をするつもりだったのですか?」

 どうやら。

 どうやらそういうことらしい。

 順番もへったくれもなく、あちこちから勝手にぎゃあぎゃあと聞こえてきた話をまとめると、だ。

 配達先の情報はもちろんトナカイ達にも告げられる。そりゃそうだ。だって、そこへ連れてってくれるのは他ならぬ彼らなのだから。それで、どうせ明日わかることだからと、アドじいはその配達先が私のクラスメイトの三尋木(みよぎ)君であることと、その彼のせいでちょっとクラスで浮いてしまったことなども話したのだとか。

 それで。

「そんな子が対象者とわかってもなお、サンタとしての職務を(まっと)うしようとする、レディのその気高き心に感動しまして、これはもうたくさん褒めなければと、()(さん)じました!」
「僕はそのケダカキ心がどうこうとかはわからないけど、花ちゃん偉いなー、すごいなーって思ってさ、それでスペシャルなでなでしに来たんだ!」

 いやいや、気高き心って、そんなすごいことはないと思うけど。あと、ワッカの『スペシャルなでなで』って何? あんまりわしゃわしゃなでられるとせっかくきれいに乾かした髪がぐちゃぐちゃになるから困るんだけど。

 そう思いつつも、一応「ありがとう」と返す。私からお礼の言葉をもらった二人は何やら嬉しそうだ。ワッカに至っては、早速その『スペシャルなでなで』をしようとしているのか、両手を広げている。やめて。

 が、その中で一人、レラだけは驚いたような顔をしている。「お前らそんな理由だったのかよ」と眉をしかめて二人を見ると、フミとワッカは「じゃあレラは何しに来たんですか」「まさか添い寝?! レラ、お前ってやつは!」と身を乗り出した。

「ワッカは添い寝から離れろ。するわけないだろ、そんなこと。……いや、俺は、その、なんていうか、チビが無理してんじゃねぇかって思って、だな」
「無理してる? 私が?」
「おやっさんの前ではそう言ったけど、本当はそんなやつのところに配達なんかしたくないんじゃねぇのかな、って。俺らがおやっさんのやる気を出せとか言ったから、断れなかっただけなんじゃないのかって思ってさ」

 だとしたら、悪いことしちまったなって思って、と俯き加減で話すレラの声が震えている。フミとワッカもそこでやっとその可能性に気づいたらしい。ハッとした顔をして、あわあわと膝歩きで私のところへ詰め寄って来た。

「そうなんですか、レディ?!」
「うわーん、ごめんよ花ちゃん!」
「ちょ、ちょちょちょ! 落ち着いて二人共!」
「いまからでも遅くないです、アードルフ様に行って、明日はやっぱり留守番にしてもらいましょう!」
「そうだよ花ちゃん! 僕らがわがまま言っちゃったせいでごめん! まだ見習いなのにそんな無理しないでいいよぉ!」

 私のパジャマのズボンに(すが)りついて、瞳をうるうるさせる二人の頭をポンポンとなで、「ちょっとマジで落ち着いて二人共」と声をかける。レラだけ少し離れたラグの上で、しゅんと眉を下げているので、「レラもちょっとこっち来て」と手招くと、しぶしぶ、みたいな顔で彼も来た。

「たしかにね、三尋木君のことははっきり言って苦手だし、あんなにサンタのこと馬鹿にしてた人に何でプレゼントあげなくちゃいけないのよ、って思ったりもしたけど」

 そう言うと、「やっぱり!」とワッカが叫んだ。ぐす、と鼻を(すす)るから、サイドボードに置いてあるティッシュを何枚か取って渡してあげた。ずびび、とそれはそれは豪快に鼻をかみ、それをフミに「はい」と渡している。それくらい自分で捨てなよ。

「でも、サンタって、やっぱりそういうものでしょ? 自分が好きとか嫌いとかで仕事しちゃ駄目じゃん。フミだって言ってたじゃない。公平さが大事だって」
「言いましたけどぉ」
「私たぶん、みんなが思ってるより、この仕事好きになってきたんだよね」
「ほんとか?」
「私、この仕事、ずっと続けたいんだ。私も、アドじいみたいなサンタになりたい。だから、まぁ、ぶっちゃけ、ちょっとは無理してるんだけど」

 だって、それは嘘じゃない。本当は、せっかくの冬休みなのに、三尋木君にはあんまり会いたくない。するとワッカが「やっぱり無理してるんじゃん!」と飛び上がった。それを、どうどう、と落ち着かせる。

「ワッカ、ちゃんと最後まで聞いてってば。あのね、無理はしてるんだけど、やりたいの。だって、みんなが助けてくれる、でしょ?」

 恐る恐るそう言うと、今度はワッカだけじゃなく、フミとレラも勢いよく、ずずい、と身を乗り出してくる。

「当たり前だろ!」
「もちろんですよ!」
「花ちゃんのためなら!」
「おわぁ」

 そこまで食い気味に来られると思ってなかったから、正直なことを言えばちょっとドン引きなんだけど、嬉しいは嬉しい。

 その夜は、眠くなるギリギリの時間まで四人でトランプをしたりして過ごした。ちなみにババ抜きが一番弱いのは、すぐ顔に出るレラだ。それで、床にむりやり布団を三枚敷いてトナカイ達もそこで寝たものだから、朝起こしに来たアドじいがびっくりしてたっけ。