「おはようございます。千花さん」
「…!私の名前、わかるの?」
「昨日、お会いしたのを覚えてます」
4月。
蒼空の記憶障害がようやく一歩前進した。
毎日寝たらすべてを忘れる、という状態からは抜け出すことができ、蒼空の人生は高校1年生の春から続いていくことになる。
それよりも前のページは白紙。
でも、それでいい。
思い出さなくていい。
「千花さん。俺の両親は今何してるんですか?」
通信制の高校に通い始めて少しすると、蒼空が自分の過去を探るようになった。
蒼空の人生には、私しか登場しない。
そんな情報に違和感を持って当然だ。
「蒼空の両親は、飛行機事故で亡くなったの。だから私が引き取ったのよ」
「飛行機事故…。じゃあ俺の友だちは?どうして一人もいないんですか?」
「うーん…。蒼空は…」
記憶を失う前の蒼空は、明るくて友だちが多い人気者だった。
でも、それを話すと齟齬が生まれる。
それに、蒼空はずっと東京で生まれ育ったことにしたい。
あの村のことはなかったことにしたい。
「…蒼空は…あんまり友だちがいないタイプだったの」
嘘ついてごめんなさい。
本当の蒼空はそんなんじゃない。
でも、過去を偽ることが蒼空を守ることになる。
私、間違ってないよね…?


