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 腹立たしい。
 どんなに綿密に準備しても、リュフィエに邪魔される。

 たかだか平民の娘であるのにも関わらず手を焼いているとは。
 そんな暇はないが、始末しようにも、あれの周りには人が集まりすぎて下手に手を出せない。

 あれが現れるまではすべて計画通りであったというのに。
 どう始末しようか。

 しかしいまは、弱っている芽を摘むのが先だ。
 リュフィエに邪魔をされる前に、弱く仲間から離れているものを狙えば確実に墜とせるだろう。

 そうしてこの国の未来を照らす光を残さず消していけばいい。

「モーリア、最近の調子はどうだ?」

 授業を終えて他の生徒たちが談笑しながら魔術演習場を後にする中、ディディエ・モーリアは最後まで残っていた。

 魔力が高いゆえにいつも他の生徒たちとの間に一線を引いている生徒。
 幸いにも魔術省の仕事で彼と関わりがあるから近づくのは容易い。

 魔術師の家系に生まれ強い魔力を宿しているが、扱いきれなければ凡人となんら変わりない。
 強い魔力に蝕まれそうになる恐怖を乗り越えられず、いつまでも未熟な自分に甘んじているだけだ。

 不安を煽ればすぐに始末できるだろう。

「あ、ファビウス先生」

 モーリアは視線を落として自信が無さそうに答えた。

「毎日楽しいです。みんなよくしてくれてますし。でも、」
「でも? どうした?」

 少し促すだけで、面白いほど予想通りに不安を吐露してくれる。

「不安になるんです。もしまた暴走してしまったら……みんなを傷つけてしまったらどうしようって、不安で不安で、仕方がないんです」

 そうだ。そうやって自分から堕ちていけばいい。
 君は手がかからなくて助かるよ。

 しかし念には念を入れて、さらに絶望に落としてあげよう。

「いつ暴走するかもわからない力は確かに脅威となってしまう。みんな顔には出していないけど怯えているには違いないだろうね」
「やっぱり、みんな僕のこと、怖い、ですよね」

 そうだ。

 誰しもが自分より強い力を恐れている。
 強ければ強いほど離れて、憎悪さえ抱く者もいる。

「酷なことだが君のために正直に話そう。早く自分自身で制御できないとだれも君に近づかなくなってしまうだろう。大きな力を持つ者はこれまでの歴史の中でも孤独な人生を歩んできたからね。幽閉された例だってある」
「そんな……僕はただ普通に、みんなと同じように生きていたいのに」
「悲しいけど、いまのままでは不可能だろうね。上層部からの命令があれば、僕は君を拘束することになるだろう」
「っ嫌です!」

 モーリアは力の限り叫ぶと、魔術演習場を飛び出した。
 後はローランに任せればいい。そうすれば僕が手を下した証拠もないまま、モーリアは自滅してくれるだろう。

 これでノックス王国は強大な魔力を一つ失うことになる。
 戦力を削がれて、なす術もないまま、シーアに攻め込まれて消滅してしまえ。


 この国に少しずつ毒を飲ませているようで気味がいい。
 力がないくせに月の力()を支配しようとした己の愚かさを呪え。

 そうして絶望した国王をこの手にかける日を、楽しみにしている。