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 ずっと、レティシアのことをロアエク先生に話したかった。
 大切な人ができたと、知って欲しかったから。


「ちゃんと贈り物を渡せたかしら?」

 今日が記念日だからレティシアに贈り物をすると先生に話していたためか、二人きりになるとすぐに話題を切り出してきた。

 レティシアとトレントはいま、森に薬草を採りに行っている。というのも、別荘に戻るなりレティシアが薬草を採りたいと言い出して、トレントと一緒に再び外に出た。
 トレントにその気はなかったようだが、ロアエク先生に頼まれると断れないようで、文句を溢しながらもついて行った。

 二人を見送った後、ロアエク先生に勧められて温室でお茶をしている。

「おかげさまで。だけど、レティシアから婚約のことを謝られた時には破棄してくれと言い出すんじゃないかと思って肝が冷えました」
「あの子らしいわ。あなたに後ろめたさを持ち続けたくなかったのね」

 先生であり続けたいから契約結婚相手を探していた人。
 僕は都合がよかったから彼女の提案に応じた。ちょうどあの時は、縁談や誘惑の風避けが欲しいと考えているところだったから。

 それに、ロアエク先生のことを知っている彼女が国王の差し金かもしれないと疑ってもいた。
 もしそうなら、もしロアエク先生の解呪を邪魔するなら殺そうとも考えていた。

 後ろめたいのはお互い様だ。

「本当の気持ちを早く伝えてあげないと、いつまでたっても気づいてくれないんじゃないかしら?」

 きっと昼間の話で僕の気持ちには気づいているに違いない。
 昔から先生は勘が鋭くて、隠しても見抜かれてしまう。

「まだ伝える勇気がないんです」
「すっかり彼女に参ってしまってるわね」
「ええ、自分がこんなにも臆病者だとは思いませんでした」

 いまのレティシアに伝えても、まだ本心だと受け取ってくれなさそうだ。
 僕たちを繋げるあの契約書のせいで、彼女になにを伝えても【婚約者】の役目として言っていると思われるに違いない。

 それがもどかしい。

「でもね、あの子はあの子で、ファビウスさんのことを大切に想っているのよ」
「知っています」

 母親ごっこと称しているけど、僕の身を案じてくれているのは知っている。
 気遣う眼差しやかけてくれる言葉がとても温かくて、心地よくて、だからこそ彼女のそばを離れられないのかもしれない。

 どこにいても早く彼女の元に帰りたくて、あの準備室にいる彼女のことで頭がいっぱいになる。

 彼女の優しさに甘えているのは事実だが、欲を言えば、母親からの愛ではなく、一人の女性として愛してくれたらいいのにと思ってしまう。

 けれど、今日髪に触れた時の彼女の表情を見ると、少しは意識してくれたかなと、期待してしまった。

「あなた、今とってもとっても、幸せそうな顔になっているから嬉しいわ」
「レティシアのおかげです。彼女が近くにいると心が安らいで、落ち着くんです」
「いいわね、その惚気話を待っていたのよ」

 ロアエク先生は目を輝かせた。

 いつか心から愛する人に出会ったら、失わないようにずっとそばにいなさいと、ロアエク先生は教えてくれた。そんな人と巡り会える機会は、そうそうないのだからと。

 あの頃は、僕にそんな人ができるとは思えなかったというのに。 

「これからはいっぱい惚気話ができそうです」
「楽しみだわ」

 彼女との未来を思い描く。
 当たり前のように平和な日常を彼女と一緒に過ごすことを夢見て。

 その夢が現実になるように、あらゆる手段を尽くすつもりだ。

「先生、呪いを受けた日のことを詳しく聞きたいんです。あの日、オリア魔法学園で誰と話しましたか?」

 つきまとう影を、彼女との未来から切り離すために。