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 リュフィエが余計なことをしてくれたせいで、計画が上手くいかなかった。

 失敗をそのままにしておきたくないのが本音だが、いまはあの異母弟と周りの生徒たちとの間に信頼関係が芽生えたばかりだから、揺さぶりをかけるのは難しいだろう。

 彼に固執するのは得策ではない。周りからゆっくり落としていけばいいんだ。
 絶望を存分に味わってもらってから突き落としてやる。
 
 脆く足元から崩れていきそうな者から狙えば、奴らもいずれ共に落ちるだろう。

 次の目星は、もうついている。
 堂々と振舞っているが、一方で人目を避けてもいる不安定な生徒を見つけている。

 そんな彼がいるであろう庭園の隅にあるベンチに向かうと、予想通り、彼は座って俯いている。
 
「クララック、こんなところでなにをしているんだ? もう寮に帰らなければならない時間だぞ」
「なんでもありませんよ。読書をしていただけです」

 宰相の息子、セザール・クララックは悠然とした表情を取り繕って手に持っている本を見せてきた。

 この生徒は侯爵家の次男だが、兄が行方をくらましたため、次期当主は彼になるだろうと噂されている。
 噂されている為か、彼も自分こそが次期当主にふさわしいと言わんばかりに振舞っているが、兄の話が聞こえて来れば動揺しているのがわかる。

 兄の存在こそが彼の弱点であり、その話題に触れられないように、会話の主導権を握っているのを知っている。
 彼は基本的には品行方正で優等生に見えるが、言葉巧みに相手を委縮させる術を心得ており、そのうえ相手の弱点を探し出すのに長けているが、ひとたび自分の弱点に触れられてしまえばわずかながら隙ができる。

「職員室で君の進路のことを聞いたよ。お父上と同じ宰相を目指しているんだね」
「ええ、私がクララック家の跡継ぎですから」
「意外だったなあ。君は僕の授業を熱心に聞いていたから、てっきり魔術師団に入りたいんだと思っていたよ」

 会話の主導権は握らせない。
 彼に口を挟む機会を与えないように、畳みかける。

「もしかして、お兄さんのことで遠慮しているんじゃないか?」

 クララックの表情が一瞬で強張った。

「……いえ。そんなことはありません。」

 彼は立ち上がると、礼儀正しく挨拶して、早足で立ち去った。

 狙い通り動揺してくれたようだ。
 悩んで、苦しんで、堕ちろ。
 

 己の愚かさにのまれてしまえばいい。