その日の放課後、ノエルはいつも通り、準備室にやって来た。

 今朝は古傷に触れてきたかと思えば、いきなり怖い顔で笑いかけてきて、さんざん振り回して来たというのに平然と椅子に座って紅茶を飲んでいやがる。

 恨めしく思いながら見ていると、ノエルと目が合った。

「レティシア、実は生徒に相談されてて、レティシアの考えを参考にしたいんだけどさ、」
「いいけど、どんな内容?」
「好きな人が失恋した相手のことを忘れられていなかったら、どうしたらいいと思う?」
「学生の恋にしては拗れているわね」

 乙女ゲームの世界だからかはわからないけど、この世界の子どもたちはませていると思うことが多々ある。
 まあ、元の世界の子どもたちよりも早くに成人として認められるってのも理由の一つかもしれないわね。

「悲しいけど、諦めた方がいいって言ってあげるのがいいと思うわ。忘れられないのならよほど想いが強い証拠だと思うの。振り向いてもらえないまま想い続けるのはお互いに酷なはずよ」
「……」
「ノエル?」

 ノエルは目を見開いたまま固まっていて、目の前で手をひらひらさせてみると、ようやく気づいてくれた。
 なんだか苦しそうな顔をしているけど、体調が悪いのかしら?
 
「顔色が良くないけど、大丈夫?」
「ああ……その、大丈夫だ。息ができなかっただけで」
「ちっとも大丈夫じゃないわよ?! 医務室に行かないといけないわ!」

 しんどそうなのに、ノエルの手を掴んで立ち上がらせようとしても、彼は石のように動かない。
 それどころか視線は下に落ちていて、私の手をじいっと見つめている。

「もう治ったから大丈夫」

 そんなにもすぐに治るものでもないだろうに、いくら医務室に行くように言っても聞かなくて、まるで病院に行きたがらない小さな子どものように見えてしまった。

 早く帰るように勧めてもうんとは言わなくて、結局まだ、準備室に居座り続けている。

「レティシアは、もう学外研修の準備終わった?」
「ええ、だいたいは終わったわ。ノエルの方は?」
「僕も終わったところだ」

 フィニスの森は毎年利用しているとはいえ安全な場所ではないから、結構な数の先生たちが同行することになっており、ノエルもまたその一人だ。
 ゲームでも彼は一緒に来ていて、アロイスをけしかけて魔物と戦わせた。

 ノエルを信じていないわけではないけど、もうゲームの世界とは違うんだということを、どうにかこの目で確かめたくて、できれば彼のそばにずっといたい。

 でも、学外研修中は生徒たちにつきっきりになるのよね……。
 うーん、ノエルにはなるべく近くにいてもらった方がいいわね。そうしたら、私は生徒たちとノエルを同時に見てられるもの。

 いい作戦を思いついたわ。
 その名も、【トゥギャザーして一挙両得☆作戦】!

 生徒もノエルも見守って無事に学外研修を終わらせるわよ!

「ノエル、私から離れたらダメよ」
「っレティシア……どうして?」

 ノエルはまたぼーっとしていたのか、虚を突かれた顔になる。
 今日は本当に調子が良くないみたいね。やっぱり、早く帰って休んだ方がいいと思うんだけどな。

 体調が悪くても病院に行きたがらないし眠りたがらないだなんて、本当に大きな子どもよね。
 そう思うと、不覚にもノエルが可愛らしく見えてしまう。

「どうしてって……そうね、かわいい我が子になにかあったらと思うと、お母さんは心配でたまらないの」

 第二の母の気持ちになってノエルの頭を撫でてみると、ノエルはジトっとした目で見てくる。口をぎゅっと引き結んでいて、まるで拗ねた子どもみたいなんですけど。

「……」
「ノエル?」
「……それ、まだ続いているのか」

 彼はそのまま両手で顔を覆うと、机の上に伏せてしまった。
 しんどいなら早く寝た方がいいのに。