◇

 【私】は真昼のフィニスの森にいた。
 麗らかな天気で、周りには他の生徒たちがいて、各々好きな場所に座って楽しそうに話している。

 そんな中、【私】は他の生徒たちから離れて、森の奥に進んでいく。

 歩いていくうちに、アロイスと()が一緒にいるところを見かけた。
 彼はアロイスになにか言った後、他の生徒たちの元に戻っていった。

 【私】の視線はアロイスに注がれたまま。
 じっと見ているものだから、アロイスは私に気づいてしまった。

「なにか用?」
「姿が見当たらないから探してただけ……ファビウスせんせーと話してたんだね。それよりもアロイス、顔色が良くないけど、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫」

 その言葉にはちっとも説得力がなくて、ひどく落ち込んでいるように見える。
 【私】も同じことを考えたようで、心配そうにアロイスに手を伸ばすけど。

「私に構わないでくれ。もう誰も、巻き込みたくないんだ」
「どういうこと? なにかあるなら力になるから、一人で抱え込んじゃダメだよ!」
「言ったところで君にはわからないだろうし、君はなにもできないよ」

 突き放すような言葉を残して、アロイスは森のさらに奥へと消えていってしまった。

「言ってくんなきゃ、わかんないじゃない……!」

 アロイスの寂しそうな背中に【私】は訴えかけるけど、アロイスは振り返ることなく、鬱蒼とした森の奥へと消えて行ってしまった。

   ◇

 憂鬱な気持ちで、目が覚めた。

 ウィザラバの悲しい夢を見てしまったせいで、寝たのに疲れがとれていない。
 夢に出て来たのは、明後日に迫った学外研修で起こるアロイスのイベントの時のシーンだ。

 アロイスは一年生の時に植物園を魔物が襲撃した事件以降、何度か学園内で襲撃に遭っていて、そのことでずっと同級生たちに負い目を感じている。
 どれも防がれて未遂で終わっているけど、自分のせいで他の生徒たちまでもが巻き込まれているから悩んでいて、ノエルはその気持ちを利用して彼を絶望へと落としていった。

 すっかり弱ってしまっているアロイスに、ある情報を漏らす。
 アロイスを狙った襲撃が水面下で動いており、そのためにこの森の奥に魔物を隠しているという噂を耳に挟んだから、後で確認しに行く、と。

 それを聞いたアロイスは、誰にも迷惑をかけないようにと、一人で魔物に立ち向かおうとしてしまうのよね。
 
「ううっ……、あなたはなにも悪くないのに」

 アロイスはいい子すぎるのよ。
 王子なら狙われて当たり前なのに悩んでしまうんだもの。

「やい、小娘! ノロノロしてないでさっさと支度しろ!」

 もう少し推しのことを考えていたかったのに、ジルに急かされてベッドから出た。

   ◇

 教室に行くと学外研修の話で持ちきりだ。

「みなさん、学外研修の準備は今日のうちに済ませておいてくださいね」
「「「は~い!」」」

 うきうきとした生徒たちはホームルームなんてそっちのけで、なにを持っていくだとか、なにを着ていくだとか、そんな話に花を咲かせている。

 学外研修とは二年生の行事で、フィニスの森で自然と触れ合い、または、森の中で迷った時の対処法などを学んだり、森番の話を聞いたりする。

 ノックス王国はなにかと森が多く、狩猟や移動で通る際になにかあった時に対処できるように、身分関係なくみんな森のことを学ぶ。

 その内容は道標になる植物や、言葉を交わしてはいけない妖精のことなど多岐にわたり、数日のうちにサバイバル術を叩きこまれるのだ。

 期間中、生徒たちはフィニスの森にある小屋に泊まる。
 フィニスの森の、王都とは反対側にある出入り口にいくつもあって、本来なら貴族が狩猟する時に使ったりするんだけど、オリア魔法学園の生徒たちには特別に解放されているため、二年生の学外研修で毎年利用している。

「きっと、大丈夫よね」

 ゲーム通りに進んでいるなら攻略対象たちのイベントが起こってくるはずだけど、その大半はノエルが仕掛けていたことで、いまの彼ならきっと、そんなことはしてこないはずだ。
 
 大丈夫。
 そう思っているはずなのに、どうしてか、胸騒ぎがする。

 もやもやとした気持ちのままホームルームを終えて教室を出ると、ノエルと出くわした。
 彼は私が手に持っている学外研修の予定表をチラッと見た。

「学外研修、懐かしいね。レティシアはどうだった?」
「楽しかったわよ。森で泊まる機会なんてなかったから新鮮だったのよ」
「で、その時はビセー卿と同じ班だったのかい?」
「な、なんでジスラン様の名前が出てくるのよ?!」

 急にかつての片思いの相手の名前を出されると心臓に悪い。古傷が疼くというか、終わったことだから掘り返さないで欲しいんだけど。
 しかも家名まで調べてるだなんて怖すぎる。

「婚約者の初恋の相手なら気になるから。で、どうだったんだ?」
「……違う班よ。ジスラン様はクラスが違ったもの」
「そう。それならよかった」
「よくないわよ。当時の私は落ち込んだんだからね?」

 一生に一度の学校生活で、好きな人と思い出を共有できなかった悲しみは計り知れないんだからね?
 そう付け加えようと思ったんだけど、ノエルがあんまりにも笑顔に圧を込めてくるから、それ以上はなにも言えなかった。

 どうしてかしら、胸騒ぎが止まらないんだけど。