新学期の朝、本館の大広間に新しいクラス編成が張り出されて、生徒たちはこぞって自分のクラスを確認している。
 歓喜の声や嘆きの声が飛び交う中、ひときわ大きな声で嘆く生徒がいた。
 ヒロインのサラだ。
 彼女はその場に崩れそうになるのを、イザベルに支えてもらっている。

「どう、して……」

 絶望した彼女は、そのまま床に座り込んでしまった。
 唇はわなわなと震えていて、目には涙が溜まっており、まるでどん底に突き落とされたかのようだ。
 
「イザベルとクラスが離れるなんて嫌だぁぁぁぁ! イザベルがいない教室になんて行きたくなーい!」
「サラ、学年が離れたわけじゃないんだから落ち込まないで」
「ふぇ~ん! 学年は同じだけど、イザベルのクラスは廊下の端にあるんだもん。遠すぎるよぉ」 

 そう、イザベルはグーディメル先生が受け持つクラス、つまり、オルソンと同じクラスになった。
 そのほかのメンバーは私のクラスだ。

 私も彼女が他のクラスになってしまったのは寂しいし、オルソンが同じクラスというのが不安だ。
 イザベルは公爵家の令嬢で王子の婚約者、彼にマークされそうな要素が多すぎるんだもの。

 ゲームの中ではオルソンはサラに気を取られていたからなんともなかったけど、この世界ではサラが光使いとして目覚めてないから、状況が変わっているのよね。

 どうか、なにごともありませんように。

   ◇

 新学期初日は授業はなく、受け持つクラスの生徒たちに簡単な連絡をするのみだ。
 そんなわけで、早く終わったものだから準備室に向かっていると、回廊でオルソンと出会った。

「レティせんせ! また会えて嬉しいなぁ」
「レ、ティ……?!」

 おいおいおい、馴れなれしすぎるだろ。
 誰が愛称で呼んでいいって言った?
 君は私の恋人かい?

「ドルイユさん、まずは目上の人に対しての態度を正しましょうね」
「ごめーん! せんせーに会えたらホッとしちゃって気が緩んじゃったー」

 そうですか。
 私は君を見た瞬間に緊張のバロメーターが最高値を叩きだしてしまいましたけどね。

「ドルイユさんがリラックスしてくれてなによりだわ」
「実はせんせーに聞きたいことあるんだよねー」
「質問はいいですけど、先生や目上の人に対して話すときは口調を正しなさい」
「んもー、せんせーったら頭固いなぁ」

 軽い調子に飲まれないようにもう一言注意しようとしたその時、衝撃を感じて、思わず目を瞑ってしまった。
 ジルがフーッと息を荒らげていて、ミカが低い唸り声を上げている。
 なにが起きたのか確かめようと目を開けたら、オルソンの顔が目と鼻の先にまで近づいてきていた。

「ドルイユさん、真剣な話をしている時にふざけてはいけません」
「俺も真剣に聞こうとしているだけですよ、せんせ」

 ちなみに私は壁に追いつめられてて、両側には彼の手がある。
 教師相手にこんな話の聞き方をしようとは、さすがは乙女ゲームの攻略対象だと、変に感心してしまう。

「せんせーはさ、この前会った時に、『私のことも知っていたのね』って言ってたよね? あれ、俺がなにを知ってると思って言ったの?」

 詰んだ。

 怪しまれないように気をつけていたのに、彼が職員室の場所がわからないふりをしているとわかっていたから、「私のことも」だなんて言ってしまったんだ。

「い、言い間違えただけよ。あのとき、ちょっと考え事していたものだから」
「ふーん?」

 どうやら私の回答はオルソンを満足させられなかったらしい。
 そりゃあ、怪しいと思って聞いてるんだから簡単には納得してくれないだろうけど。

「ベルクールせんせーって、ただの先生じゃないよね」
「あら、変わってるってこと?」
「違うよー、特別ってこと」

 ニカッと人懐っこく笑っている彼から禍々しい気配を感じ取ってしまい、もしかしたら今日が私の命日なのかもしれないと思ってしまう。

 走馬灯が流れ始めるのも時間の問題かと覚悟していたら、誰かがオルソンの体を後ろに引っ張って離してくれた。

 視界が広くなって見えたのは、オルソンの肩を掴んで怪訝そうにしているアロイスの顔だ。
 二人の視線がかち合うと、一瞬だけ、妙な沈黙があった。

「君が、ディエース王国から来た転校生か?」
「そーだよー。オルソンって呼んでねー、よろしくー」
「アロイス・エヴラール・ノックスだ。アロイスでいい」
「ええーっ?! ノックスってことは、この国の王子様なのー?!」

 ちなみにゲーム通りなら、オルソンはアロイスの顔を知っている。そんな前情報があるせいなのか、彼の反応がわざとらしく見えてしまう。 

「ここではただの学生だ。だからそのように接してくれたらいい。学園は、政治が及ぶべき場所ではないからな」

 オルソンの眉が微かに動いた。

「んー、なんかよくわかんないけどアロイスっていい奴なんだね☆ 仲良くしてねー!」

 オルソンはそう言うと、あっさりと話すのをやめて、本館の方へと消えて行ってしまった。
 彼の姿が見えなくなってようやく緊張が解けて、思わず深く息を吐いてしまった。

「ベルクール先生、大丈夫でしたか?」
「ええ、声をかけてくれてありがとうね」

 颯爽と現れて助けてくれるだなんて、本当に王子様だ。
 現れた時のあの怪訝そうな表情が最高に尊くて、スマホのスクショボタンを目に搭載したくなった。

「こんなこと言うのは良くないかもしれませんが、オルソンには気をつけてください」
「ふふ、心配してくれてるのね。大丈夫よ」

 アロイスにはそう言うしかないけど、内心は不安でいっぱいだ。
 こともあろうに、オルソンは私をマークしているようなんだもの。サラのように特別な力があるわけでもないのに……。

 探りを入れなきゃいけないわね。