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 冬星の祝祭日が終わり、慌ただしい日常が戻ってきた。
 魔術省に出勤すると、ローランがめざとく見つけて声をかけてくる。どうやら話しかける機会を狙っていたようで、待ちわびたかのように聞いて来た。

「よー、冬星の祝祭日は婚約者と楽しめたか?」
「おかげさまで」
「あらまっ! 指輪なんかつけちゃって。浮かれてるねぇ~」
「まあね。大切な人から初めての贈り物を貰ったんだから浮かれてしまうよ」
「くぅ~っ! やっぱお前、爆発しろ」

 軽口を叩く彼の声があたりに響くせいで、道行く人たちが振り返って、指輪のついている左手を凝視してくる。
 ”快活で陽気な”ローランの会話に誰もが耳を澄ませている。

 それは彼が、聞きたくなるように話しているから。
 明るく、面白く、人の良い【ローラン・ダルシアク】を演じているからだろう。

 この同期は本当に、油断ならない。

「で、本題はなに?」

 魔術省舎の裏庭へと引っ張って連れていかれると、おのずと話の内容はわかってくる。
 今度はだれにも聞かれたくない話をしようとしているんだろう。

 ローランは先ほどまでの調子が嘘だったかのように表情に乏しくなって、操り人形のように口を開いた。
 
「主からの伝言です。くれぐれも婚約者に漏らすなと仰っていました」

 よくもまあ、こんなにも簡単に切り替えられるもんだと感心してしまう。

 声も、話し方も、そして、顔つきまでも瞬時に変えられるその力こそが彼の本当の武器なのかもしれない。

 シーア王国第四王子の補佐として潜り込んできた不法入国者。
 彼の名前も身分も、なにもかもが、偽りのものだ。

 ここ数年のうちに、第四王子がノックス王国に来る手筈を整えてきたのに、誰も気づけなかった。

「あなたのためにわざわざ連れてきたドラゴンを逃がしてしまったのですから、これ以上は主の不興を買うような真似をしないでください」
「笑わせてくれる。あのドラゴンの力を取り込んだ僕を利用したかっただけだろう?」

 思い出すだけで、手の痛みが呼び覚まされる。

 国境付近で初めて第四王子と顔を合わせたあの日、禁忌に触れようとした代償を、身をもって知ることになってしまった。

 ドラゴンを生贄とする、シーアに伝わる魔術に、手を出そうとしていた。

「主のご厚意をそのように捉えないでください。あれは協力してくださるあなたへの贈り物ですのに」
「それならあのドラゴンをどうしようが僕の勝手だ」 

 ローランの正体に気づいた時、彼もまた、僕の正体に気づいていた。
 ノックスの国王に抱く憎しみも、生い立ちも、気づいた彼から取引を持ちかけられた。

 いづれこの国に第四王子が入り込んでくるのを見逃して欲しいと。
 僕は、その願いを聞き入れた。

 そのお礼として贈られたのが、生贄のドラゴンと、王子による呪術。

 それでも思いとどまって禁術に身を堕とさなかったのは、レティシアがジルを通して話しかけてくれたからであって、国王陛下に対抗する力を欲していた僕は、彼女の言葉を聞かなかったら、人ならざる存在になっていたことだろう。

 たとえ彼女を守るために力が必要であったとしても、闇に触れれば彼女の隣にいられなくなるから、それは御免だと思って、呪術の途中で、贄のドラゴンを逃がした。

「まさかその逃がしてやったドラゴンが婚約者の元に現れるだなんて、不思議な縁を感じてしまいますね」
「さすがにあの時は逃がしてやったのを後悔したよ。恩を仇で返された気分だ」

 レティシアの前にドラゴンが現れたとミカから報告があった時は肝が冷えた。
 急いで学園にむかったものだからローランがついてくることになり、この要注意人物をレティシアに会わせてしまうことになってしまった。

「我々の王はあなたの活躍を期待しております。ノックス王家が受け継いできたその高潔な魔力を、シーアのために捧げてください」

 淡々と話すローランの目に、失望の色が浮かぶ。

「愛する者を持つと弱くなってしまうものですね。以前のあなたは強くて残酷で美しかったのに」
「賞賛の言葉をどうもありがとう」

 彼の言う通り、僕は弱くなってしまっただろう。
 レティシアは、僕の弱点となってしまったんだから。

 それに、彼女の言動に振り回されて一喜一憂してしまう自分は、我ながら情けなくて笑ってしまう。

「春が訪れたら予定通り、第四王子殿下の良き先生となりますのでご安心を。ただし、僕の婚約者に手を出した時はどうなるか、覚えておいてくれ」

 大切なあの人に、隠し事をしてしまった。

 痛みを分かち合おうとしてくれているレティシアを裏切るようなことはしたくなかったが、だからといってローランたちの話をできるわけがない。

「前は彼女に隠し事したってどうってことなかったはずなのに、今は業を背負う思いだ」

 彼女は意外にも僕の不在を寂しく思ってくれていて、もしかすると、意識してくれるようになってくれたんじゃないかと、期待してしまう。
 それなのに、隠し事をして彼女の気持ちを踏みにじってしまった。

 もし、彼女がこのことを知ったらどう思うのかと、考えるだけでも苦しくなる。

「はぁ、情けない顔をしていますよ。見てられません」

 ローランはしかめっ面になって踵を返してしまった。