その日の夜、教室でささやかなパーティーをした後、冬星の祝祭日の風習であるおまじないをしに、みんなで外に出た。

 雪がしんしんと降っており、見渡す限りの銀世界は、月の優しい光に照らされて神秘さを増す。

「わぁ~っ! 雪積もってる~!」

 サラは嬉しそうに飛び跳ねたけど、北風が吹くと縮こまって抱きついてくる。

 ゲームとは違って、まだ光使いとして目覚めていないヒロイン。
 この休みが終わってオルソンが転校してきたら、この子はどうなるんだろ。

 サラだけじゃない。
 アロイスたちやイザベルもゲームとは違う道を進んでいるけど、オルソンが揃ったら、変化が起きるのかしら?

 どうかそれが、良い変化でありますように。

「さ、風邪をひいてしまう前に始めましょ」
「はーい」

 ノエルがステラヘルバという名前の植物が練り込まれた蝋燭に火を灯した。

 大昔、ノックス王国で災いが起こった時、夜空を幾つもの星が流れると、このステラヘルバが光を宿して民たちを安全な場所へと導いた。

 その場所には彼らより先に、一人の少女がいた。

 彼女が呪文を唱えると、温かな光が王国全土を覆い、傷ついた木々を癒して亀裂の入った大地を元に戻したのだという。

 人々は、女神様が彼女に光の力を与えたとして、その大いなる力を授かった救世主の元に星々が導いてくれのだと、感謝の涙を流した。

 彼女は初めての光使いとなり、以降、この日は光使いの初めての誕生を祝う日となっている。

「みんなの蝋燭を配るわよ」

 一人ひとりにステラヘルバの蝋燭を渡すと、みんな手慣れたようにノエルの持つ蝋燭から火を貰う。

「それでは、女神様と星々に感謝のお祈りをして、花を贈りましょう。燃えよ(フランマ)!」

 呪文に応えて蝋燭の炎が揺れる。
 炎は花のような形になると、次は浮遊魔法をかける。

 この花を見るのが好きだ。
 作る人によって炎の温度が違うから花の色が違っていて、形もまた、人それぞれになる。

 蝋燭から離れた炎の花たちが、空高く飛んで行く。

「ナタリス、大丈夫かしら?」

 空を見上げるとどうしても気になってしまう。

 ここ数日、何度も姿を探したけど、まったく見つからなかった。
 魔術省の役人もまだ、見つけられていないようだ。

 ナタリスの体の怪我はまだ治ってないはず。
 傷薬は塗ったけど、それも一度だけだもの。

 本当は治るまで毎日、怪我の状態を見ながら薬の材料を調節して塗ってあげるのが一番早く治るんだけど、そばにいないならそれもできなくて。

 どうか無事でいますように。

 そう祈ることしか、私にはできないのが悔しい。

「また、あのドラゴンのこと考えてたの?」

 振り返ると、ノエルがすぐ後ろに立っていた。

「ええ、傷だらけだったから心配なのよ。ひとりぼっちで苦しんでいないといいんだけど」
「大丈夫だよ。ドラゴンは種族間の仲間意識が強いから、きっとノックス王国のドラゴンたちに助けられているさ」

 そう話すノエルの声はどこか沈んでいて、もしかしたら、幼少期のことを思い出しているのかもしれない。

 彼の背中に手を当ててみると、少しだけ、手に寄りかかってくれた。

   ◇

 おまじないを終えて、私とノエルは生徒たちを寮に送ると、準備室に向かった。

 ノエルが暖炉の火を見てくれている内に、紅茶を淹れる。
 もちろん、ジルとミカのためにミルクも用意した。

 いつもなら足元で口うるさく注文をつけてくるジルは今日はいなくて、ノエルの膝の上で丸くなっている。

 その姿はやっぱり、猫である。
 怒られるから言えないけどさ、ノエルに撫でてもらって目を閉じてるジルは、もう猫にしか見えないんだもの。

 思わずクスリと笑ってしまったのを、ノエルに見られてしまった。

「レティシア、こっちに来て。渡したいものがあるから」
「なになに?」

 目が合うなり笑いかけられると少しどぎまぎしてしまったのは、秘密だ。
 ノエルの隣の席に座ると、小さなプレゼント箱を手渡された。

「開けてみて」

 リボンを解いて箱を開けてみると、イヤリングが入っていた。

 銀細工の小さな花が紫色の石の周りに施された綺麗なイヤリングは、小ぶりで可愛らしくて、普段でもつけられそうなデザインだ。

「こういうの、似合うと思ったんだ。レティシアを守るよう魔法を付与してるから、肌身離さずつけてて」
「わかったわ。ノエルの目と同じで綺麗な色ね」

 紫色の石は、持ち上げるとキラリと光った。
 彼が私のことを考えて選んでくれたのが嬉しくて、だけど、同時に照れ臭くもある。

「ありがとう。ずっと大切にするわ」

 さっそくつけてみると、ノエルは目元を綻ばせて見つめてくるもんだから、なんだかはしゃぎ過ぎてしまったように思えて、恥ずかしくなってしまった。

 私ったら、まるでクリスマスプレゼントをもらった子どものようね。
 見られるのが恥ずかしくなって、急いで上着のポケットから例の包みを取り出した。

「ノ、ノエル、私も渡したいものがあるの」
「えっ……?」

 珍しくきょとんとした顔になったノエルに、包みを渡す。
 ノエルは両手で恭しく受け取ると、包みを解いて指輪が入っている箱を開けた。

「防御魔法が付与されているんですって。お守りに持っていてね」
「……っ大切に、する」

 そんなに噛みしめるように言われると、あげてよかったと思う。
 指輪で良かったのかと悩んでいただけに、ホッとした。
 
 すると、ノエルはチラッと視線を寄越してくる。

「指輪、つけてもらっていい?」
「え? いいわよ?」

 ノエルの手に触れようとしたその時、扉の外からガヤガヤと声が聞こえてくる。

「クララック、押すんじゃない!」
「ジラルデさんの図体がデカいから見えないんですよ」
「んもー! 静かにしないと声が聞こえちゃうよー!」

 紛うことなき、メインキャラクターたちの声が。

 驚いて固まってしまった私とは違って、ノエルの行動は速かった。

「拘束《リミテシオ》」

 彼が呪文を唱えると、廊下から悲鳴が聞こえてくる。
 そのまま立ち上がって、彼の手で扉が開けられると、サラ達が動きを封じ込められて逃げ腰のまま固まっているのが見えた。
 
「君たち、こんな時間に出歩いているなんて、悪い子だね」

 ノエルの低く穏やかな声は聞いていて心地いいのに、なぜか心の底から震えあがってしまう。
 サラたちもガクガクと震えており、顔は血の気が引いて真っ蒼だ。
 
「先生、ジラルデが見に行こうって言い出しました。オリア魔法学園の三か条の一つである”永遠に探求せよ”を実践するときが来たって言ってましたよ」
「クララック、でたらめを言うな! 貴様が提案したんだろ!」
「言い始めたのはアロイス殿下でしたーっ!」
「リュフィエさん、私に濡れ衣を着せないでくれないか」

 ヒーローとヒロインにあるまじき泥仕合が繰り広げられ始めると、ノエルは部屋の温度を氷点下にまで下げるほどの冷気を放って微笑む。

「それなら今から、先生と反省会をしよう」

 彼らはお説教を喰らうことになり、翌日は罰として飛行用の箒を磨かされていた。

 そんなこんなで、彼らがオリア学園に入学して初めての年の冬が終わった。