「も、もしものこともあるしさ、ミカはノエルが連れていた方がいいんじゃない?」
「僕は同僚と一緒に仕事してるからミカの助けはいらないよ」

 それとなく見張りの数を減らそうと試みたけど、ノエルは笑顔で一刀両断してくる。

 見張りなんて面倒だしさ、使い魔だって私よりも主人の近くにいたいはずだし、やめましょうよ。
 ほら、私って三百六十度どこから見ても人畜無害なモブでしょ?

 ねっ?!

 視線を送って訴えかけてみるけど、ノエルは全く揺らいでくれない。
 それどころか、恐ろしいことを口にした。

「本当はあともう一匹つけたいくらいなんだよ?」

 なんなのよもう、そんなに私のことを信じられないの?
 どうやら、もっとお互いのことを知り合って【なつき度】を上げる必要がありそうね。

 人間はお互いのことを知り合って初めて信頼できるというものよね。
 それなのに私とノエルは婚約者になったとはいえ、まだまだお互いに知らない事ばかりだと思うの。

 だから、お互いの好きな物とか大切な思い出のことを話してちょっとずつノエルの警戒を解いていかなきゃいけないわ。

「ノエル、私たち、もっとたくさん話す必要があると思うの」

 そうと決まれば、作戦開始だ。
 その名も、【アイス☆ブレーク&ハート☆ウォーミング作戦】!

「どう、して?」

 ノエルは面食らった顔になる。
 そんなに驚かなくてもいいじゃないか。

「もっとノエルのこと、知りたいから」
「っそれは、どういう意味で言ってる?」

 なぜかすぐにジト目になって、睨んできた。

 どういう意味だと聞かれても、さすがに【なつき度】を上げるためだなんて率直に答えることはできないから。

「第二のお母様として息子のことを知りたいからよ」

 それとないことを言ってみた。

「……それ、まだ続いてるのか」

 ノエルは椅子の背もたれに体を預けて天を仰ぐ。

「期待しちゃいけないってことくらいわかっていたんだけどね」

 上手く聞き取れないんだけど、なにやらブツブツと呟いているし。
 話し合おうと言ったのに、しょっぱなからこの様だ。

 作戦は頓挫してしまった。
 原因を調べて策を練り直さなといけないわね。

 そんなことを考えていると、準備室の扉をノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 扉が開くと、攻略対象の一人、フレデリク・ジラルデが姿を現わした。
 うん、いつ見てもいかついわ。

 騎士一家の令息である彼は幼い頃から鍛えていることもあって、引き締まっていて均整のとれた体格だ。
 おまけに褐色の肌もあいまって、強面イケメンとしてカテゴライズされている。

「メガネ、ディディエが帰ってくるって噂が流れてるんですけど、本当ですか?」
「ええ、ファビウス先生がお宅に訪問して説得してくれるのよ」

 そう言うと、フレデリクはあからさまに眉を顰めた。

「……ふーん」

 表情はぶすっとしているけど、たぶん内心は喜んでいるんだと思う。
 無愛想キャラぶってるけど世話焼きなのよね。

 ちなみに、先週の文化祭でサラとのイベントがあったはずなのに、サラがイベント発生地点に現れなかったので彼女との進展はない。
 
 その時サラはなにをしていたかというと、アロイスとイザベルが二人で文化祭を回っているのを邪魔していた。

 いつからあなたは悪役令嬢ポジになったんだい?

 しかも攻略対象であるアロイスの方にライバル意識を燃やしているだなんて、この先どうなるのか、本当に心配だ。

「ジラルデさんはモーリアさんと同じ部屋だったわね。戻ってきたら彼のこと、よろしく頼んだわよ」
「っはい」

 むすっとした顔のままなんだけど、ちょっとだけ声が弾んでる。

 ゲームで見た時はなんとも思わなかったけど、教師としてそんな彼を見ると、かわいらしいなって思ってしまう。

「……なんですか?」
「いいえ、なんでもないわよ?」

 頬が緩んでによによとした顔で見てしまっていたらしい。
 フレデリクはぶっきらぼうにそう言うと、フイっと顔をそむけてしまった。

「ジラルデさんがモーリアさんの傍にいるなら安心だわ。だって、あなたはみんなのことを見てくれているんですもの」
「っ気のせいですよ」

 おお、顔が赤くなった。
 照れちゃってかわいいなぁ、なんて思っていると、ノエルがコホンと咳払いした。

「レティシア?」

 振り向くと、なんでかわからないけど、圧のこもった笑顔を向けられている。
 私が一体なにをしたというんだ。

「ど、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「はいぃぃぃぃ?!」

 いやいやいや、なにかあるでしょ?!
 ノエルが禍々しいオーラを放つもんだから、フレデリクもビクッてなってたもん。
 
「どうもしてないわけないでしょ。言ってみなさいよ」
「なんでもないよ。それより、お茶が冷えてしまったよね。僕が淹れなおすよ。ジラルデもいる?」
「……いいえ、自分はけっこうです」

 フレデリクは逃げるように部屋から出て行ってしまった。

 絶対にノエルのせいよね。
 それなのに、ノエルはのんきに鼻歌まじりでお茶を淹れている。

 さっきまでの圧はなんだったのよ?