準備室に帰ってくると、ノエルは私を持ち上げて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ノエル! モーリュを手に入れられたわ! あと、強力な仲間ができたのよ!」
猫の姿だと全身を包まれているようになるから落ち着かなくて、早口で喋ってしまう。
しかも、タイミング良く(?)薬の効果が切れて人間に戻ってしまった。
「あなたが目の届かないところにいると、なにをしてるかわからなくて、不安だった」
「ノエル、私もう、猫の姿してないんだけど?」
「いいから聞いて?」
「はいぃぃぃぃ。聞きます!」
圧のこもった笑顔を向けられると、言い返せない。
しょうがないから大人しく彼の話に耳を傾けた。
「無茶してばかりだし、なんでもかんでも行き当たりばったりで唐突で」
「なによう、説教と悪口は今度にしてよ!」
こっちは小さな体で森の中を走り回ってクタクタなんだから。
それなのに、ノエルは容赦なく睨みつけてくる。
「心配させた罰にしては軽いと思って欲しいんだけど?」
「すみませんでした?」
「そこ、どうして疑問形なわけ?」
まさか怒るほど心配してくれてるとは思わなかったもの。
見張りをつけるような要注意人物をこんなにも心配するなんて、お人好しが過ぎるんじゃない?
あと、くどいようだけど、やっぱり気になることがある。
「ノエル、私もうさっきからずっと、猫の姿じゃないんだけどさ」
「知ってる」
「抱きしめてくるから気づいてないと思ってたわ」
「こうでもしないと落ち着けないよ」
そういう一面があったのか。寂しがり屋め。
「薬の効果が切れる前に戻ってこれて良かった。魔物のこととか、人間に戻りそうだとか、ジルから聞いてすごく、心配した」
「心配症なんだから」
戸惑う反面、なんでか彼の顔を見ると安心してしまう。
「で、その後ろにいる男は誰なんだい?」
しかしそれも一瞬のことで、ノエルはトレントを指して問いかけてくる。
凍てつくような冷気を漂わせながら。
「トレントだよ」
「嘘つくな」
「いや、本当だって」
さすがのノエルも、トレントがこんな姿で現れるなんて予想できなかったようだ。
「この愚鈍が言う通り、儂がトレントだ。今は本来の姿になっている」
「あなたには見覚えがあります。生徒に化けてロアエク先生の準備室に入り浸っていたのは、あなただったんですね。誰もあなたを知らないから化け物の類かと思っていましたが、ロアエク先生が匿うから祓えませんでした」
どうやら人間の姿では面識があったようだ。
「足繫く通っていたそなたのことは覚えておるぞ。母親をとられた子どものような顔をして儂を睨みつけておったな」
「お互い様でしょう?」
ロアエク先生、モテモテだなぁ。
先生を巡ってバトルでも始まるんじゃないかしらって雰囲気なんだけど。
「どうしてロアエク先生の近くにいたんですか?」
「火傷を負っていたのを、フィニスの森に材料を採りに来たエディットが手当してくれてな。治るまでうちにおいでと言って強引に連れていかれたんだ」
どうやら先生は生徒だけではなくて、精霊にもお母さん力を発揮していたらしい。
トレントは先生に治療してもらっている内に惹かれていったようだ。
「人間は好かんが、エディットは違う。エディットの使い魔にならなっても構わないと言ったが、断られてしまった」
「フラれたのね」
「うるさいぞ、愚鈍が」
自分は老齢だから契約を結んでもなにも得しないよ、と言って申し出を断ったそうだ。
人間よりも長く生きるトレントへの配慮のようね。
「ね、ノエル、トレントに解呪を任せたいと思うの」
「任せる?」
「ええ、古の呪いをかけた人物ならきっと、解呪しに来る人がいないか見張っているはずだから精霊が動けば邪魔されずに済むはずよ」
「たしかに、そうかもしれないけど」
紫水晶のような美しい目がじいっと見つめてくる。
「あなたは本当に、どこまで知ってるんだ?」
「どこまでって言われても……ロアエク先生が呪いにかかっているってことくらいよ」
本当は犯人もノエルの過去も知っているけど、言えば確実に怪しまれるしさらに警戒されるはず。
ノエルは悩まし気な表情でふうっと溜息をついた。
やっぱり、警戒している相手の提案は受け入れがたいよね。
肩を落としそうになっていたら、ノエルは思いがけないことを口にした。
「あなたの提案通りにしよう。トレント、あなたに解呪を任せます。必ず先生を助けてくれるだろうし」
「当り前だ。そこの愚鈍とは格が違うからな」
「私に対して当たりが強すぎない?!」
度重なる不遜な態度に抗議するべく睨みつけていると、ノエルが目の前に手を差しだしてくる。
「寮まで送るから、……手を、つなごう。もう夜も更けているし、続きは明日だ」
「へっ?! 手を?」
前は手をつなごうって言ったら怒ってたのに。
「手をつないでないとどこかにフラフラと消えてしまいそうだし」
「子ども扱いか――ふぎゃっ」
小さな子にするように手をつないでくるのかと思っていたら、指を絡めて手をつないでくるものだから、思わず変な声を上げてしまって、苦笑された。
ノエルよ、子どもに対して恋人つなぎするのはどうかと思うよ。
「レティシア、契約を果たしてくれて、ありがとう」
手を握る力を強められると、不覚にもドキッとしてしまう。
ノエルの手は温かくて、冷え切っていた手はじんわりと感覚を取り戻していった。
「ま、まだ終わってないわよ?」
ロアエク先生の解呪と無事を確認できるまでは安心できない。
それでも、ノエルの柔らかな笑顔を見ると、ひと仕事終えた気持ちになった。
「ノエル! モーリュを手に入れられたわ! あと、強力な仲間ができたのよ!」
猫の姿だと全身を包まれているようになるから落ち着かなくて、早口で喋ってしまう。
しかも、タイミング良く(?)薬の効果が切れて人間に戻ってしまった。
「あなたが目の届かないところにいると、なにをしてるかわからなくて、不安だった」
「ノエル、私もう、猫の姿してないんだけど?」
「いいから聞いて?」
「はいぃぃぃぃ。聞きます!」
圧のこもった笑顔を向けられると、言い返せない。
しょうがないから大人しく彼の話に耳を傾けた。
「無茶してばかりだし、なんでもかんでも行き当たりばったりで唐突で」
「なによう、説教と悪口は今度にしてよ!」
こっちは小さな体で森の中を走り回ってクタクタなんだから。
それなのに、ノエルは容赦なく睨みつけてくる。
「心配させた罰にしては軽いと思って欲しいんだけど?」
「すみませんでした?」
「そこ、どうして疑問形なわけ?」
まさか怒るほど心配してくれてるとは思わなかったもの。
見張りをつけるような要注意人物をこんなにも心配するなんて、お人好しが過ぎるんじゃない?
あと、くどいようだけど、やっぱり気になることがある。
「ノエル、私もうさっきからずっと、猫の姿じゃないんだけどさ」
「知ってる」
「抱きしめてくるから気づいてないと思ってたわ」
「こうでもしないと落ち着けないよ」
そういう一面があったのか。寂しがり屋め。
「薬の効果が切れる前に戻ってこれて良かった。魔物のこととか、人間に戻りそうだとか、ジルから聞いてすごく、心配した」
「心配症なんだから」
戸惑う反面、なんでか彼の顔を見ると安心してしまう。
「で、その後ろにいる男は誰なんだい?」
しかしそれも一瞬のことで、ノエルはトレントを指して問いかけてくる。
凍てつくような冷気を漂わせながら。
「トレントだよ」
「嘘つくな」
「いや、本当だって」
さすがのノエルも、トレントがこんな姿で現れるなんて予想できなかったようだ。
「この愚鈍が言う通り、儂がトレントだ。今は本来の姿になっている」
「あなたには見覚えがあります。生徒に化けてロアエク先生の準備室に入り浸っていたのは、あなただったんですね。誰もあなたを知らないから化け物の類かと思っていましたが、ロアエク先生が匿うから祓えませんでした」
どうやら人間の姿では面識があったようだ。
「足繫く通っていたそなたのことは覚えておるぞ。母親をとられた子どものような顔をして儂を睨みつけておったな」
「お互い様でしょう?」
ロアエク先生、モテモテだなぁ。
先生を巡ってバトルでも始まるんじゃないかしらって雰囲気なんだけど。
「どうしてロアエク先生の近くにいたんですか?」
「火傷を負っていたのを、フィニスの森に材料を採りに来たエディットが手当してくれてな。治るまでうちにおいでと言って強引に連れていかれたんだ」
どうやら先生は生徒だけではなくて、精霊にもお母さん力を発揮していたらしい。
トレントは先生に治療してもらっている内に惹かれていったようだ。
「人間は好かんが、エディットは違う。エディットの使い魔にならなっても構わないと言ったが、断られてしまった」
「フラれたのね」
「うるさいぞ、愚鈍が」
自分は老齢だから契約を結んでもなにも得しないよ、と言って申し出を断ったそうだ。
人間よりも長く生きるトレントへの配慮のようね。
「ね、ノエル、トレントに解呪を任せたいと思うの」
「任せる?」
「ええ、古の呪いをかけた人物ならきっと、解呪しに来る人がいないか見張っているはずだから精霊が動けば邪魔されずに済むはずよ」
「たしかに、そうかもしれないけど」
紫水晶のような美しい目がじいっと見つめてくる。
「あなたは本当に、どこまで知ってるんだ?」
「どこまでって言われても……ロアエク先生が呪いにかかっているってことくらいよ」
本当は犯人もノエルの過去も知っているけど、言えば確実に怪しまれるしさらに警戒されるはず。
ノエルは悩まし気な表情でふうっと溜息をついた。
やっぱり、警戒している相手の提案は受け入れがたいよね。
肩を落としそうになっていたら、ノエルは思いがけないことを口にした。
「あなたの提案通りにしよう。トレント、あなたに解呪を任せます。必ず先生を助けてくれるだろうし」
「当り前だ。そこの愚鈍とは格が違うからな」
「私に対して当たりが強すぎない?!」
度重なる不遜な態度に抗議するべく睨みつけていると、ノエルが目の前に手を差しだしてくる。
「寮まで送るから、……手を、つなごう。もう夜も更けているし、続きは明日だ」
「へっ?! 手を?」
前は手をつなごうって言ったら怒ってたのに。
「手をつないでないとどこかにフラフラと消えてしまいそうだし」
「子ども扱いか――ふぎゃっ」
小さな子にするように手をつないでくるのかと思っていたら、指を絡めて手をつないでくるものだから、思わず変な声を上げてしまって、苦笑された。
ノエルよ、子どもに対して恋人つなぎするのはどうかと思うよ。
「レティシア、契約を果たしてくれて、ありがとう」
手を握る力を強められると、不覚にもドキッとしてしまう。
ノエルの手は温かくて、冷え切っていた手はじんわりと感覚を取り戻していった。
「ま、まだ終わってないわよ?」
ロアエク先生の解呪と無事を確認できるまでは安心できない。
それでも、ノエルの柔らかな笑顔を見ると、ひと仕事終えた気持ちになった。