「先生、調べ物ですか?」
「え、ええ。ちょっとね」

 放課後の図書館で、アロイスと偶然出くわす。
 書架から顔を出してきたのがなんともあざと可愛くて、悶絶しそうになるのをこらえた。推しを前にしてこの冷静な対応。誰かに褒めて欲しいものだわ。

「なにを調べてるんですか?」
「薬草のことを、ちょっとね」

 ノエルの闇堕ちを阻止するために早く彼の不安を取り除こうと誓い、ロアエク先生の解呪に必要な素材を探している最中だ。

 妖精から聞いた話では、ノエルが探しているモーリュという植物なら呪いを解けるかもしれないそうなんだけど、それがまた伝説上の植物とされているものだから、調べてみる必要があった。 

「先生でもわからないことがあるんですね」
「そうよ。大人だって知らないことがたくさんあるんですから」

 話ながら書架に目をやると、一番上にある本の題名が視界に飛び込んできた。
 『伝承する薬草の生態』と書かれている本には探し物について書かれていそうだ。
 ちょっと背伸びして取ろうとすると、アロイスの手が伸びてきて、本を取ってくれた。

「どうぞ」

 柔らかな微笑みと共に本を渡されるこの状況、私が学生だったなら間違いなく落ちてた。

 神様、これはなんのご褒美でしょうか。

「あの、復習をしていてわからない所があったんで、教えてもらっていいですか?」
「もちろんよ(食い気味)」

 アロイスは図書館で今日の授業の復習をしていたらしい。
 習ったその日に復習してるなんて偉いわ。偉いし尊い。さすがは私の推し。

 ノートに書かれた美しい文字を拝めるし、
 至近距離で声が聞けるし、
 なにより、説明していると向けてくれる微笑みを独り占めできる。 

 放課後に推しとこんな甘い時間を過ごすだなんて、幸せ過ぎて怖いわ。

「探したよ、ベルクール先生。アロイス殿下と話していたんだね」

 そんなことを考えていたら、ノエルの登場と共に甘い時間は終わりを告げた。

「ファビウス先生?!」

 しかもノエルは、表面は笑顔なんだけど、なぜか殺気を振り撒いている。
 怒らせるようなことはなにもしていないのに、なんでなのよう。

 今日は朝一番に会ったのにまた話しに来たということは、なにかあったのかな。

「殿下、婚約者を連れて行ってもいいでしょうか?」
「ええ、引き留めてしまって申し訳ございませんでした」

 二人とも笑顔だけど、空気はピリピリしている。
 もしかして、ノエルはアロイスがいるから機嫌が悪かったの、かしら?

 ノエルとアロイスは半分血がつながっていて、公にされていないけど兄弟だ。
 気まぐれに手を出した踊り子との間に生まれた落胤と、第一王妃との間に生まれた嫡子。空気がピリついてしまうのは、なんとなくわかる。

 ゲームの中のノエルは王位継承権争いの真っただ中にいるアロイスを、同情したフリをして陥れた。

 アロイスは幼い頃から母親から愛情を与えられず、一国の王になるべく厳しく育てられてきた。
 その上、大人たちの陰謀に巻き込まれて兄弟たちと熾烈な争いを繰り広げてきたから、人を寄せつけないオーラを纏うようになって、人の心を持たない【氷の王子様】と呼ばれてしまうのよね。

 本来なら主人公のサラが彼の気持ちに寄り添って彼の凍った心を溶かしていく……はずだったのに、サラはぜんっぜん近寄ろうとしないのよね。

 むしろアロイスにイザベルを盗られまいと、睨みつけている現場を見てしまった時には頭を抱えてしまったわ。

 この子たち、これからどうなっちゃうのかしら?
 ノエルが闇堕ちしなかったらバッドエンドは避けられるとは思うけど。

「先生、明日もここに来ますか? また魔法薬学でわからないことがあったら教えて欲しい、です」

 それにしても私の推し、可愛すぎやしないか?

「もちろんよ。いつでも聞いてくれるといいわ」

 尊い、と叫びたいのをグッとこらえる。

 今や私は先生で彼は生徒。
 煩悩は捨てて慈悲深き聖母の如く彼と向き合うのよ。

「でも、勉強ばかりしてないでたまには息抜きしたほうがいいわよ。アロイス殿下はよく頑張っているもの」

 聖母度を上げて心の限り讃えると。

「……っそんな、こと、ないです」

 はにかんでいる、超絶尊いお顔を見せられてしまい、息が止まりそうになったけど、理性を総動員させて"ベルクール先生"として微笑み返した。

 尊すぎて本当に息が止まりそうなんだけど。
 褒められて照れるなんて、可愛すぎやしないか。

「謙遜しなくていいんですよ。本当に頑張ってるんですから」

 調子に乗ってしまったのは自分でも認める。
 アロイスの頭をポンポンと撫でると、彼は顔を赤らめながらもじっと撫でられてくれた。

 可愛い、と思ったその刹那、窓の外が一気に真っ暗になって雷鳴が轟き、校内の大木が音を立てて倒れてしまった。

「レティシア、危ないから準備室まで送るよ」

 隣から聞こえてくる低い声に、怖いもの見たさで振り向くと、満面の笑みを浮かべたノエルが立っている。
 笑顔のまま禍々しいオーラを放つ姿は、まさに黒幕だ。

 思い出した。
 今落ちてる雷って、ノエルが最終決戦で使っていた魔法の一つだったような気がする。

 アロイスルートのバッドエンドを防ぐ時が来たようだ。
 その前に、私は今日、生きて職員寮に帰れるのか、不安になった。