【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 思わず見惚れてしまったけど、大事なことを思い出して慌てて叫ぶ。

「ノエル、来ちゃダメ!」

 この学園中に描かれた魔法印がいつどのような条件で発動してしまうのかわからない。
 その点、ドラゴンに乗っているならこのまま逃げてくれた方が安心だ。

「着いて早々に追い返されると傷つくんだけど?」

 ノエルは飄々と軽口を叩いている。
 ええい、ノエルも時と場合を選びなさいよ。こっちは心配して言ってるのに。

「それに、レティはナタリスと再会できなくていいの?」
「ナタリス……?!」

 ノエルが乗っているアーテルドラゴンをもう一度見る。
 私が知っている、ずんぐりむっくりした子どものシルエットはすっかり失われて、いかにもドラゴンと言った精悍な体躯で、ノエルよりもはるかに大きい。

 だけどその顔を見ると、紫水晶のような瞳をきらきらとさせて私を見ている。

「ナタリス、あなたなの?」
「クェェェェッ!」

 ノックスにいるアーテルドラゴンといえばナタリスくらいだろう。
 だけど、あんまりにも姿が変わっているから確信を持てなかった。ルスが別のアーテルドラゴンを貸してくれたんじゃないかと思ってしまったくらいだ。

 するとダルシアクさんにじっとりと睨まれてしまった。

「……闇の王の策略に乗ってはなりません。このまま追い返しますよ」
「――ハッ。危ないところでした。ナタリスに釣られそうになりましたわ」

 おまけに溜息をつかれてしまう。
 なによう、そこまで責めなくてもいいじゃないかといじけたくなる。

「闇の王、来てはなりません! この学園中に不可解な魔法印が描かれているんです! あなたがこの地を踏めばなにが起こるかわかりません!」

 ダルシアクさんはそう言うと、ナタリスに向かって風魔法を使う。
 物理的に追い返すつもりらしい。

 だけど成獣になったナタリスはするりと躱してしまう。

「ローラン、邪魔しないでくれ。そんなことで退くわけにはいかないんだ」
「私とて退けません。あなたを危険に晒すわけにはいきませんので」
「強情だな」

 ノエルは不機嫌を露わにして目を眇めるけど、ダルシアクさんは怯まず追い返そうとしている。
 そんなやりとりを遮るように、雷魔法がノエルに向かって放たれてしまった。
 放ったのはもちろん、ドーファン先生だ。

「さあ、早く降りてきなさい。あなただってその煩わしい月の力に別れを告げたいでしょう?」

 獲物を前にした猛獣のように目をぎらつかせているドーファン先生はもはや別人に見えてしまう。

「なるほど、あなたが国王の内通者でしたか。生憎ですが僕はこの力を手放すつもりはありません」

 冷静にドーファン先生の魔法を跳ね返しているノエルに、別の攻撃魔法が襲い掛かる。
 見ると、国王が立ち上がってノエルに魔法を放っているのだ。

 一対二でノエルを負かせようとしているなんて、つくづく外道だ。クズだ。
 それなのに国王はさらに見苦しく、ノエルを罵倒し始めた。

「化け物め、欲を出すな! お前はこの世に生まれてきた時点で罪を背負っているのに調子に乗りおって!」

 ノックス国王の言葉を聞いて、頭の中でなにかがブチッと千切れる音がした。
 途端に怒りが沸々と湧き起こり、全身を血液のように駆け巡る。

 化け物はどっちよ?
 血も涙もないことをしてきたあんたの方がよっぽど化け物だわ。

「儂たちから月の力を奪った罪人のくせに偉そうな口をきくな! さっさとその力を寄越して消えろ!」

 ついにカチンときて、気づけばノックス国王を睨みつけていた。

「僭越ながら国王陛下、ノエルが生まれ持った力を奪われたと喚くのは見苦しいと思いますが?」

 口が勝手に動いてしまう。
 ミカに諫められてしまったけど、止めることなんてもうできない。

 これ以上ノエルが傷つけられているのを、黙って見ていられないもの。

「いままで奪ってきたのはどちらですか? ノエルの母親を殺して育ての両親を脅し、ノエルの自由を奪ってきたあなたの方が罪人だと思いますが?」

 あんたがそんなことをしなければ、ノエルは不幸にならなかった。
 周りの人たちとすれ違いを起こして孤独を感じることもなかった。

 全部あんたが元凶だ。
 元凶のくせに開き直るな。

「これ以上ノエルを傷つけるのは許しませんから! それにあなたがなにをしようと、私が必ずノエルを幸せにします!」

 睨みつけるとノックス国王も睨み返してくる。

「国王を愚弄してただで済むと思うな!」

 しかも言い返すのと同時に炎魔法を放ってくる。
 言葉よりも力でねじ伏せようとするとか、本当に暴君だ。

守れ(エスキュード)
凍れ(グラキエース)

 迫り来る炎に目を瞑ってしまったが、いくら待っても、炎の熱を感じない。
 なにが起こっているのかわからずゆっくりと瞼を開くと、目の前には結界が張られていて、その後ろで炎が凍っている。

 結界はノエルが作ってくれたみたいだけど、炎を凍らせてくれたのは――。
 騎士たちからどよめく声が聞こえて来て顔を向けると、アロイスがイザベルとグーディメル先生と数名の生徒たちを引き連れて現れた。

「父上、私の恩師に手を出さないでください」

 そう言い放つ表情はゲームの登場人物紹介で描かれていた”氷の王子様”のそれで。
 絶対零度の眼差しで射抜くようにノックス国王を見据えている。

「あなたは長年に亘りファビウス先生を苦しめてきた罪があります。それに加えて、ご自身の欲を満たすために幾人もの民たちを虐げ葬り去り、また、精霊たちの力を恐れて彼らの住処に魔物を放っていた――そして今日、学園の平和を脅かすような企てをしているあなたを、もう見過ごせません」

 淡々と罪状を述べるアロイスの怜悧な声があたりに響く。
 この彼を、私は知っている。
 ゲームの一番最後、学園祭での騒動を収め卒業パーティーのシーンになった時に、彼がイザベルを断罪するシーンで見たことがあるのだ。


「父上。いまここで、あなたを断罪します」


 迷いなく言い放つアロイスは、この国の王子たる威厳を放っていた。