チラッとドーファン先生の後ろ姿を見つめてみる。
いつもにこやかで優しかった先生が、生徒たちを人質に脅してくるなんてなにか理由があるのか、それとも別人が先生になりすましているようにしか思えなくて。
しかし先生の一挙一動を見てみても手掛かりになるようなことは見つからなかった。
ドーファン先生がこんなことをする理由がわからない。
ゲームでは名前もシルエットも出てこない存在だったから事前情報もなくてどうしようもなくて。
……もしかして王命だから背いたらなにをされるのかわからないし、だから必死になっているのかとも思ったけど、目の前を歩くドーファン先生からは動揺も焦燥も感じ取れない。
悠然と、それに加えて、鼻歌交じりに歩いているのだ。
乗り気で自ら実行しているようにさえ思える姿に愕然とした。
「ファビウス先生はいつここに来るのかしらね?」
問いかけてくるドーファン先生は私の返事を待っているわけではなく。
「ああ、ようやくだわ。私の発明がようやく神の領域に触れるの」
振り返った先生の顔にはいつもの聖母のような微笑みはなく、魔女と形容されるような不気味な微笑みを浮かべていた。
背筋が凍るような感覚に震えても足を止められず、そして再び庭園に戻ってくることとなってしまった。
庭園に辿り着くとノックス国王は相変わらず愛人たちを侍らせたままで、学園のベンチに座っているから腹立たしい。
あのベンチ、真っ二つに折れてくれないだろうか。
心の中で呪詛を唱えたところでどうにもならない。
かくして私は国王陛下の御前に通されてしまったわけで。
いまはお義母様たちの姿はなく、絶体絶命の状態だ。
「魔法薬学教師のレティシア・ベルクールと申します。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく存じます」
騎士に囲まれ愛人たちに囲まれ、ついでに言えばドーファン先生が見張るように引っついていて、逃げようもない状態で挨拶することとなった。
おまけにノックス国王の距離が近いから震えそうになる。
王宮のパーティーに行った時でさえこんな近くに呼ばれることはなかったのに。
なにかよからぬことを考えていそうで不安が尽きないけど、ジルとミカがピッタリと寄り添ってくれているおかげでなんとか立っていられる。
ノックス国王はたいして興味も無さそうに視線を投げてきたかと思うと溜息をついた。
「アレが執着してやまない女だと聞いたから気になっていたが、たいしてパッとしないな。どこに惚れたのかわからんが、化け物だからこそ地味で凡庸な女を好んでいるようだ」
開口一番に私の品定めですか。
挨拶抜きで女の品定めをするなんて、さすがは好色ジジイとしか言いようがないわね。
クズ具合に笑ってやりたくなるわ。
そもそも、なんでこの国の国民たちはこんな国王を野放しにしているのよ?
とっとと下克上でもなんでもして真っ当な人間を国王にしたら良かったのに。
……まあ、私も前世の記憶を思い出すまでは何の疑問も持っていなかったから、恐らくこの世界の力が働いてみんな揃って判断を狂わされてしまっていたのかもしれないけどさ。
「ノエルに見合う妻になれるよう努めますわ」
「アレに未来があると思っているのか。愚かだな。アレはじきにこの世から消えるというのに」
なんだと?
ノエルに未来がないわけじゃなくて、あんたが奪おうとしているだけでしょう?
いままでもそうやってノエルを苦しめてきたというのに、懺悔もなくさらに奪おうとするなんて外道を超えてただのクズ。
許せない。
いや、許すものか。
怒りで自然と手が震えてしまう。
「レティシア様、挑発に乗るなとご主人様から言伝を預かっております」
ミカがそっと伝えてきたけど、そう言われたところで我慢できない。
「挑発に乗ったらこの週末には邸宅に閉じ込めて膝の上に乗せたまま説教するからと仰ってます」
「くっ」
離れているのに手に取るように私の心を読んでくるノエルが憎い。
けれど言い返す暇も与えてくれず、ミカの伝言は続く。
「ちょっと問題が起こったけど大したことはなかったから心配しないで」
「いま学園に向かっているからレティは無事でいて。なにがあっても逃げて自分の身を守って」
「約束通り最高の結末を見せてあげるから、無茶をしないで待ってて」
「いまもう一度言っておくよ。レティのこと、愛している」
こんなときでも、ノエルは自分の事より私のことを心配していて。
そしてこんな状況なのにも関わらず甘い言葉を聞かせてくる。
「なによう。死亡フラグになりそうなこと言わないでって言ったでしょう?」
ノックス国王がいる学園に戻ってくればなにをされるかわからないのに。
このまま外国に逃げた方が無事なのに。
わざわざ自分の身を危険に晒さないでよ。
「ミカ、ここに来ちゃいけないってノエルに言って」
すると、ノックス国王が声を上げて笑い出した。
「いいや、是非ともここに来てもらおう。お前の大切な婚約者を失いたくなかったらすぐに来いとでも伝えておけ――この女を捕らえろ!」
ノックス国王が手を振りかざせばたちまち、騎士たちが剣を引き抜く。
ジルとミカが大きな唸り声を上げて威嚇して対抗する。
ピンと糸を張ったような緊張感に包まれる中、微かに足元が揺れた。
「な、なんだ?!」
「気をつけろ! 足元をとられるぞ!」
急に騎士たちから悲鳴が上がり始める。
見ると庭園の植物たちが枝葉や蔦を伸ばして騎士たちを締め上げているのだ。おまけに地面からは木の根っこのような物が突き出て騎士たちの足を捕らえる。
カランと剣が地面に落ちる音がそこら中から聞こえてくる音に交じって、聞き覚えのある舌打ちも聞こえてきた。
「こんな愚鈍にも手をあげようとは、この国の王はすっかり落ちぶれたようだ」
「トレント!」
植物たちに宙吊りにされてしまった騎士たちの合間から出て来たのは、人間離れした美しい顔立ちの精霊。
再会を喜びたいところだけど、それよりも先に疑問が口を突いて出てくる。
「どうしてここにいるの?」
「エディットに頼まれたから来ただけだ。別に、ラングランからお前たちのことを聞いて心配して駆けつけたわけじゃない」
相変わらずのツンデレめ。
どうやら心配してきてくれたようだ。その気持ちを隠しているつもりなんだろうけど、まったく隠せていないのがおかしい。
思わず笑うと睨まれてしまったから口元を隠した。
ここでまた一つ、疑問浮かんでくる。
「ラングラン侯爵はどうして私たちのことを――おわっ?!」
「行くぞ、死ぬ気で走れ」
トレントは質問に答えてくれる気がないようで、手を掴むと走り始めた。
足をもつれさせながらついて行くと、背後でドーファン先生が呪文を唱える声が聞こえて来て、途端に不気味な魔獣が追いかけてくる。
これ、捕まえるどころか殺す気で召喚してませんか?
恐るおそる振り返ると、ドーファン先生はニタリと口元を歪ませて笑っている。
その姿は”狂気”と呼ぶにふさわしくて。
「ひいぃぃぃぃ」
その表情を見た瞬間、ルスが言っていたシーアの監獄から逃亡した魔術師のことを思い出した。
しかし思い出したところでいまは逃げるので精いっぱいで。
「愚鈍が! もっと足を動かせ!」
「やい、小娘。ポンコツなりに底力を見せろ!」
「これでも精一杯なのよ!」
ジルとミカとトレントに守られつつ走り続けた。
いつもにこやかで優しかった先生が、生徒たちを人質に脅してくるなんてなにか理由があるのか、それとも別人が先生になりすましているようにしか思えなくて。
しかし先生の一挙一動を見てみても手掛かりになるようなことは見つからなかった。
ドーファン先生がこんなことをする理由がわからない。
ゲームでは名前もシルエットも出てこない存在だったから事前情報もなくてどうしようもなくて。
……もしかして王命だから背いたらなにをされるのかわからないし、だから必死になっているのかとも思ったけど、目の前を歩くドーファン先生からは動揺も焦燥も感じ取れない。
悠然と、それに加えて、鼻歌交じりに歩いているのだ。
乗り気で自ら実行しているようにさえ思える姿に愕然とした。
「ファビウス先生はいつここに来るのかしらね?」
問いかけてくるドーファン先生は私の返事を待っているわけではなく。
「ああ、ようやくだわ。私の発明がようやく神の領域に触れるの」
振り返った先生の顔にはいつもの聖母のような微笑みはなく、魔女と形容されるような不気味な微笑みを浮かべていた。
背筋が凍るような感覚に震えても足を止められず、そして再び庭園に戻ってくることとなってしまった。
庭園に辿り着くとノックス国王は相変わらず愛人たちを侍らせたままで、学園のベンチに座っているから腹立たしい。
あのベンチ、真っ二つに折れてくれないだろうか。
心の中で呪詛を唱えたところでどうにもならない。
かくして私は国王陛下の御前に通されてしまったわけで。
いまはお義母様たちの姿はなく、絶体絶命の状態だ。
「魔法薬学教師のレティシア・ベルクールと申します。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく存じます」
騎士に囲まれ愛人たちに囲まれ、ついでに言えばドーファン先生が見張るように引っついていて、逃げようもない状態で挨拶することとなった。
おまけにノックス国王の距離が近いから震えそうになる。
王宮のパーティーに行った時でさえこんな近くに呼ばれることはなかったのに。
なにかよからぬことを考えていそうで不安が尽きないけど、ジルとミカがピッタリと寄り添ってくれているおかげでなんとか立っていられる。
ノックス国王はたいして興味も無さそうに視線を投げてきたかと思うと溜息をついた。
「アレが執着してやまない女だと聞いたから気になっていたが、たいしてパッとしないな。どこに惚れたのかわからんが、化け物だからこそ地味で凡庸な女を好んでいるようだ」
開口一番に私の品定めですか。
挨拶抜きで女の品定めをするなんて、さすがは好色ジジイとしか言いようがないわね。
クズ具合に笑ってやりたくなるわ。
そもそも、なんでこの国の国民たちはこんな国王を野放しにしているのよ?
とっとと下克上でもなんでもして真っ当な人間を国王にしたら良かったのに。
……まあ、私も前世の記憶を思い出すまでは何の疑問も持っていなかったから、恐らくこの世界の力が働いてみんな揃って判断を狂わされてしまっていたのかもしれないけどさ。
「ノエルに見合う妻になれるよう努めますわ」
「アレに未来があると思っているのか。愚かだな。アレはじきにこの世から消えるというのに」
なんだと?
ノエルに未来がないわけじゃなくて、あんたが奪おうとしているだけでしょう?
いままでもそうやってノエルを苦しめてきたというのに、懺悔もなくさらに奪おうとするなんて外道を超えてただのクズ。
許せない。
いや、許すものか。
怒りで自然と手が震えてしまう。
「レティシア様、挑発に乗るなとご主人様から言伝を預かっております」
ミカがそっと伝えてきたけど、そう言われたところで我慢できない。
「挑発に乗ったらこの週末には邸宅に閉じ込めて膝の上に乗せたまま説教するからと仰ってます」
「くっ」
離れているのに手に取るように私の心を読んでくるノエルが憎い。
けれど言い返す暇も与えてくれず、ミカの伝言は続く。
「ちょっと問題が起こったけど大したことはなかったから心配しないで」
「いま学園に向かっているからレティは無事でいて。なにがあっても逃げて自分の身を守って」
「約束通り最高の結末を見せてあげるから、無茶をしないで待ってて」
「いまもう一度言っておくよ。レティのこと、愛している」
こんなときでも、ノエルは自分の事より私のことを心配していて。
そしてこんな状況なのにも関わらず甘い言葉を聞かせてくる。
「なによう。死亡フラグになりそうなこと言わないでって言ったでしょう?」
ノックス国王がいる学園に戻ってくればなにをされるかわからないのに。
このまま外国に逃げた方が無事なのに。
わざわざ自分の身を危険に晒さないでよ。
「ミカ、ここに来ちゃいけないってノエルに言って」
すると、ノックス国王が声を上げて笑い出した。
「いいや、是非ともここに来てもらおう。お前の大切な婚約者を失いたくなかったらすぐに来いとでも伝えておけ――この女を捕らえろ!」
ノックス国王が手を振りかざせばたちまち、騎士たちが剣を引き抜く。
ジルとミカが大きな唸り声を上げて威嚇して対抗する。
ピンと糸を張ったような緊張感に包まれる中、微かに足元が揺れた。
「な、なんだ?!」
「気をつけろ! 足元をとられるぞ!」
急に騎士たちから悲鳴が上がり始める。
見ると庭園の植物たちが枝葉や蔦を伸ばして騎士たちを締め上げているのだ。おまけに地面からは木の根っこのような物が突き出て騎士たちの足を捕らえる。
カランと剣が地面に落ちる音がそこら中から聞こえてくる音に交じって、聞き覚えのある舌打ちも聞こえてきた。
「こんな愚鈍にも手をあげようとは、この国の王はすっかり落ちぶれたようだ」
「トレント!」
植物たちに宙吊りにされてしまった騎士たちの合間から出て来たのは、人間離れした美しい顔立ちの精霊。
再会を喜びたいところだけど、それよりも先に疑問が口を突いて出てくる。
「どうしてここにいるの?」
「エディットに頼まれたから来ただけだ。別に、ラングランからお前たちのことを聞いて心配して駆けつけたわけじゃない」
相変わらずのツンデレめ。
どうやら心配してきてくれたようだ。その気持ちを隠しているつもりなんだろうけど、まったく隠せていないのがおかしい。
思わず笑うと睨まれてしまったから口元を隠した。
ここでまた一つ、疑問浮かんでくる。
「ラングラン侯爵はどうして私たちのことを――おわっ?!」
「行くぞ、死ぬ気で走れ」
トレントは質問に答えてくれる気がないようで、手を掴むと走り始めた。
足をもつれさせながらついて行くと、背後でドーファン先生が呪文を唱える声が聞こえて来て、途端に不気味な魔獣が追いかけてくる。
これ、捕まえるどころか殺す気で召喚してませんか?
恐るおそる振り返ると、ドーファン先生はニタリと口元を歪ませて笑っている。
その姿は”狂気”と呼ぶにふさわしくて。
「ひいぃぃぃぃ」
その表情を見た瞬間、ルスが言っていたシーアの監獄から逃亡した魔術師のことを思い出した。
しかし思い出したところでいまは逃げるので精いっぱいで。
「愚鈍が! もっと足を動かせ!」
「やい、小娘。ポンコツなりに底力を見せろ!」
「これでも精一杯なのよ!」
ジルとミカとトレントに守られつつ走り続けた。



