【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 一日、また一日と時間が飲み込まれていき、私は、ノエルがいない学園祭を迎えることになった。

 見上げた青空は雲一つなくは晴れ渡っていて、いま頃ノエルは王宮から発つ馬車に乗ってこの空を移動していることだろう。

   ◇

 朝一番に教室に行くと、サラたちにぐるりと囲まれてしまった。

「メガネせんせーブローチ貸してくださ~い!」

 オリア魔法学園の学園祭では、生徒職員はオリアという植物を模したブローチをつけることになっている。
 そのブローチにもらったリボンをつけることになっているんだけど――。

「私とイザベルのリボンをつけてあげま~す! あ、不本意だけどアロイス殿下のもつけま~す」
「うわっ、クララック、俺のリボンの上につけるな」
「ジラルデさんのリボンが大きすぎて邪魔なんですよ」
「ぼ、僕のリボンつけてもいいですか?」
「レティせんせ、俺のリボンは一番見えるところにつけるからね」
「おいメガネ、前にくれてやったリボンを貸せ。俺がつけてやるからよ」

 ブローチは奪われて、戻ってくる頃にはオリアの形は失われてリボンの塊と化していた。
 もはやカラフルな物体、現代アートである。

 歪な形だし胸元につけると隠しきれないほどの存在感があるが、生徒たちからの気持ちが詰まっているのが嬉しくて、触れると思わず頬が緩んでしまう。

「それじゃあ、見回りの旅にしゅっぱ~つ!」

 サラは意気揚々と私の手を引いて歩き出す。
 みんながぞろぞろとついてくるものだから、周囲の視線を独り占め状態だ。メインキャラがこんなにも揃うと存在感の塊でしかないものね。
 後でアロイスとイザベルも加わるらしく、大名行列のようになりそうな予感だ。

 目立つのは辛いけど、メインキャラたちがひとまとめになってくれるから探し回らなくていいのは助かる。おかげでイベント中の彼らを間近で見守れるものね。
 ただ、この子たちを守りつつ国王の企みを阻止するのって、モブにはハードすぎると思うわ。

 女神様、いまからでも遅くないので特殊能力とか授けてくれませんでしょうか?
 そう祈ったところで変化は起きてくれないのが現実で。

 内心いじけつつ校舎内をまわり本館から出ると、ルーセル師団長が肉の串焼きを片手に話しかけてきた。
 すっかり祭りを楽しんでいる姿はお茶目で可愛らしい、普通のおじいさんに見えてしまう。

「素敵なご一行に私も加えて頂けますかな?」
「やったー! 一緒にまわろー!」

 サラがとても嬉しそうに飛び跳ねた。光使いとして宮廷魔術師団に内定しているサラはルーセル師団長と順調に師弟関係を築いているようだ。
 ただ、あんまりにもサラが砕けた口調で話しかけているものだから、傍から見ればおじいちゃんと孫なのよね。微笑ましい。

 それでもって、目立っていた行列がグレードアップしてしまい、更に注目を浴びる事態となってしまった。
 どうしてこうなった、と思いつつ職務を全うすべく競技場を見に行く。

 広い競技場には巨大迷路が作られており、背の高い生垣に仕切られているから外からだと中の様子が見えない。
 加えて、中からマンドラゴラの鳴き声みたいなのが聞こえてきたりするんだけどこれ大丈夫なのか、と出入り口に立ってる生徒に確認をする。
 鳴き声の正体は王都に出かけた時に買ったおもちゃのフェイクマンドラゴラらしい。心臓に悪いわ。

 競技場も問題なさそうだから庭園に……と思って踵を返すと、見慣れた人影が二つ、視界に映った。なんと、お兄様とジスラン様がいるのだ。

「レティ! 働いているところを見れて嬉しいな――あっ、私はベルクール先生の兄です。いつもレティがお世話になってます~」

 お兄様はサラたち一人一人に回復薬の入った小瓶を渡している。

「お兄様にジスラン様……どうして学園に? 手紙を送ってくれたら出迎えましたのに」
「ちょっとね、仕事があって来たんだよ」
「仕事?」
「救護班ってやつだよ。ま、レティは気にせず仕事を続けて?」

 そんなことを言われてもめちゃくちゃ気になるんですけど。
 不審に思ってじっと見つめてみるけどお兄様からもジスラン様からもなにも聞き出せず、そのまま逃げられてしまった。

   ◇

 続いて庭園に移動すると、こちらの大名行列に負けないくらい多くの人を従えたご一行が見えた。その先頭にいるのはノックス国王――ノエルの実の父親だ。

「うへぇ。国王陛下のお出ましだよ」

 苦々しげに呟いたドナを慌てて嗜める。
 流石に国王相手にその態度はまずいぞ。不敬だぞ。

 まあ、敬意を持てない気持ちもわかる。
 学園に堂々と愛人たちを連れてきていらっしゃるんだもの、あの好色ジジイ。
 
 あんな奴とノエルが親子だなんて認めたくないけど、顔立ちはノエルに似た美形であるのは確かで。
 ノエルが年をとればこんな感じの渋い顔になるんだろうと思わす相貌で、目元はアロイスに似ている。

 じっと見ていたせいか、ノックス国王と視線が合ってしまった。
 途端にぞわりと悪寒が走って、足が震えそうになるのを堪える。

 まずいぞこれは、と思いつつ平静を装っていると、ノックス国王一同がこちらに向かって近づいて来ているものだから泣きたくなった。

 国王には近づくなとさんざんノエルに言われていたのに接触してしまったら、後で怒られそうだわ。

 ノエル、ごめん……。

 心の中で謝罪の言葉を繰り返していると突然、目の前に色鮮やかなドレスに身を包んだ貴婦人たちの群れが現れてノックス国王たちを取り囲んだ。

「あらあらあらぁ~、国王陛下にご挨拶申し上げますわぁ」

 色彩鮮やかな人だかりの中からお義母様の余所行きの声が聞こえてきた。いつもよりも一音階高くした、戦闘態勢に入った時の声である。
 お義母様と一緒にお茶会に参加した時はいつもお義母様のこの声を聞いて震えあがっていたものだ。

 お義母様がどうしてここに?

 信じられない気持ちで目を凝らして見ると、お義母様がノックス国王と話している。しかも、お義母様が話し終わるとすぐさま別の貴婦人がノックス国王に話しかけて、ノックス国王の足を止めているのだ。

 その様子はまるで、私たちに近づかないようにガードしてくれているようにも見える。

 呆然と見守っていると、お義母様がこちらを向いて口をパクパクとさせた。
 小さく何度も、「早く行きなさい」と言っていて。
 
「メガネ、こっちだ」

 ドナが手を掴んで走り出すのにつられて足を動かすと、耳元でパリンとなにかが割れる音がした。
 もしやと思ってイヤリングをとってみると魔法石が割れてしまっている。

「くそっ、魔法を仕掛けてきたようだな」

 ジルは舌打ちすると、クロヒョウのような姿になって私にピッタリと引っつく。ジルが唸っている振動が微かに伝わってきて緊張感が増した。

 まさか、この魔法はノックス国王の仕業……?

 恐るおそる振り返ると、なぜか国王の隣に居るドーファン先生が、こちらをじいっと見ていた。