◇

 愛していると、ようやくレティから聞けた。
 教会を出る頃にはレティの眼差しから、恋人としての愛情を確かに感じ取れるようになったのが言葉に表せないほど嬉しく。

「次にここにくる日が楽しみだよ」
 
 全てが終わってまた、レティとここに来る日に想いを馳せて、教会を後にした。

   ◇

 お屋敷に戻ると、父親の仕事に付き合わされたバルテが訪ねてきていた。
 バルテ商会は休暇を返上するほど繁盛しているようだ。

 バルテは「せっかくの休暇がつぶれてしまった」と不満を漏らしているが、そこまで不服そうな顔をしているわけではない。

 普段はお調子者で問題児のバルテだが、意外と働き者の一面があるようだ。

「ファビウス、ちょっと話あんだけど、いい?」
「これっ! ファビウス卿になんて口の利き方をしているんだ!」

 父親に注意されてもバルテは素知らぬ顔だ。

「わかった。外の方がいいか?」
「そうだな」

 どんな話があるのか予想がつかなかった。しかし、砕けた口調とは裏腹に真剣な表情で話すバルテを見ていると、胸騒ぎがする。
 ここは確かめた方がいいだろうと思い、レティのことはジルとミカに任せて、バルテと庭園に出た。



「ほい。アロイスから手紙を預かってたんだよ」

 庭園に出るとすぐに手紙を渡された。

「アロイスに頼みごとをされるくらい仲が良かったのか。意外だな」
「こういう正反対の性格の方が仲良くできるってわけ。真面目なアロイス殿下には俺みたいな奔放者がピッタリなんだろうよ」

 どうやら寮で手渡された物らしく、王家の封蝋は押されていなかったが、表に書かれている文字を見る限りだとアロイスからの手紙で間違いない。微かに感じ取れる魔力もアロイスのものだ。

 これまで手紙のやり取りが一切なかったアロイスが寄越してくるということは、よからぬことが起こっているのかもしれない。

「冬星の祝祭日の挨拶を送ってくれたのか。嬉しいな。返事を送ろう」
「返事はいいってさ。んで、必要なものがあったらバルテに頼めとよ」

 バルテの言葉に、違和感が顔を覗かせる。

「日用品から装飾品、ご入用であれば情報収集も全て当店にお任せください。()()殿()()、そろそろ暴君からの解放をご所望していますでしょう? バルテ商会はアロイス殿下のご用命を受けて()()()殿()()にもお仕えすることになっておりますゆえどうぞご贔屓に」

 スラスラと商売文句を並べるバルテに隙はなく、厳かに礼をとる所作には一切の無駄がない。
 まるで別人が憑りついたかのような変貌ぶりに、ただ驚かされる。

「まずはお前の正体を明かせ。話はそれからだ」
「アロイス殿下の影ってやつだよ。ラングラン侯爵の命令でガキの頃からアロイスの手となり足となりで仕事してんの。ちなみに、エディット・ロアエクを国王から守るためにラングラン領に運んだのも俺たちバルテ商会よ? 敵ではないとわかった?」

 言われたところですぐに納得できる状態ではない。
 いまここで判断するのには、材料が少なすぎる。

「さあな。取りあえずお前の副業のことは胸の内に留めておくよ。仕事熱心なのはいいが、学生の内は勉強を怠るなよ」

 魔法で封を開けて手紙を開くと、「万事に備えてください」と一行だけ書かれていた。
 アロイスは国王が動き出したのを察知して報せてくれたのだろうか。

「んま~、俺のこと本当に子どもだと思ってんの? 外見なんて魔術でどうにかできることくらい、魔術省勤めならわかってるだろ?」
「……」

 想像もしたくない予感が浮かぶせいで、自分でもわかるくらい眉根が寄せられる。

「俺が大人の姿に戻ったら、美形すぎてメガネが惚れるかもしれないぞ?」
「笑わせるな。お前はレティの好みじゃない」

 そう答えた直後、雷鳴が聞こえてきたかと思うと、バルテは慌てて部屋に逃げ戻った。 

   ◇

「んじゃ、ファビウスもメガネも、また新学期に会おうな!」
「ドナ! いい加減礼儀をわきまえろ!」

 へらへらと笑うバルテは父親に小突かれながら屋敷を出た。
 バルテとのやり取りを知らないレティは、扉をくぐるバルテの背を見て声を弾ませている。

「バルテさん、今日はいつになく大人っぽくて驚いたわ。いつもはお調子者だけど、商品の説明をしている時はしゃんとできるのね」

 いいや、違うんだよ、レティ。
 バルテは大人っぽいじゃなくて、大人なんだ。

 僕も気づかなかったのは迂闊だった。すっかり見逃してしまっていたのが悔やまれる。

「レティ、もうバルテの話は終わりだ」
「へ? なんで?」
「なんでだと思う?」
「わからないから聞いているのに質問で返さないでよ!」

 ドナ・バルテは偽りの存在だ。
 バルテが話していることが事実ならはおそらく、入学した時にはすでに成人していただろう。
 そんな奴が、生徒たちの集会に潜り込んだレティをどさくさに紛れて抱きしめたり密やかに会話を交わしていたとは許しがたい。
 これまでは子どもだからと思って耐えていたというのに。

「レティ、目を閉じて」
「ノノノ、ノエル。待って。周りを見て? ね? 人前でするのはどうかと思うわ」

 もう少しで唇が触れそうな距離でレティに止められてしまう。

「なるほど、じゃあ、庭園に行こう。外は寒いから温室にするか」
「くっ……墓穴だったわ」

 抱きかかえればレティは観念したように大人しくなった。

 諦めたのか、それとも心を許してくれているのかはわからない。
 そんなレティの赤く染まっていく頬を見ていると焦燥は幾分か治まったものの、ようやく手にしたこの幸せを味わうべく。

 甘い花の香りが漂う温室の中で、レティの唇に触れた。