それから私はノエルの膝の上でぐっすりと、かれこれ昼前まで寝てしまっていたわけで。
ぽかぽかとした温もりに誘われるままに眠っていると、なにやら柔らかいもので頭を叩かれた。
「やい、小娘」
苛立ちを募らせたジルの声が聞こえてくる。
「むにゃ……あと五分……」
「いつまでご主人様の膝の上で眠るつもりだ?!」
「……はっ!」
ジルの言葉で眠る前の状況を思い出してしまい、慌てて飛び起きた。
体を起こしてみれば、満面の笑みを浮かべたノエルに「おはよう」と言われる。その足元では、ぷんすこと怒って耳を後ろに倒しているジルがいるのだ。
ずっと彼らに寝顔を見られていたことを思うと馬車から飛び降りたくなる。グリフォンの馬車から飛び出せば上空ウン千メートルから真っ逆さまに落下することになるけど。
「わたっ私、どれくらい眠っていたの?」
「五時間くらい、かな。よく眠れたようで嬉しいよ」
「くっ……不覚だわ」
眠るふりするだけと思っていたのにしっかりガッツリ寝ていたのが我ながら信じられない。
「よだれ垂らしていなかった?」
「なかったよ」
「寝言とかは?」
「あ~……」
ノエル口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。
溜めるな、さっと言ってくれ。
とんでもない寝言を聞かれてしまったのではないかと、不安が膨らんでいく。
「名前を、呼んでくれた」
「えっ……」
「何度もノエルと呼んでくれたよ」
終わった。
穴があったら入りたい。
「ほ、他には?」
「他は、ね」
ノエルは悪戯っぽく笑みを浮かべると人差し指を立てて口元に当てた。
「秘密」
「教えなさいよ、ケチ」
「教えないよ。それとも、なにを言ったか当ててみる?」
「……趣味が悪いわよ」
自分がなにを言ったのか当てさせるなんて、そんなの拷問でしかない。
恨めし気に睨みつけてもノエルはどこ吹く風といった具合で、それはそれは、幸せそうな顔をしているものだから、自分がなにを言ったのか知りたくてしかたがないんだけど。
しかしノエルはちっとも教えてくれなかった。
◇
複雑な気持ちを抱えたまま馬車に乗っていたけど、ノエルが道中にある小さな街に立ち寄ってくれて、そこで昼食をとったり散策しているうちに気が紛れた。
そうして、ファビウス領に着くのはノエルが報せた通り、夜になった。
「え? ここがお屋敷?」
馬車から降りて見上げるのは、王城と勝るとも劣らない、聳え立つ城。
王城以外でこんなご立派な建物を見たのは初めてで、魔法灯に照らされたその全貌を見ただけでも足が竦みそうだ。
それに、一糸乱れぬ統率で出迎えてくれる使用人一同。
兵士の如く訓練されたような無駄のない動きは美しいけど緊張感を与えてくる。
さすがはファビウス家。
ノックスの建国以来、長年にわたり王族を支えてきた由緒ある騎士家の居城ってところね。
呆然と立ち尽くしていると、お義父様とお義母様が出迎えてくれた。
お義母様はちらとノエルを一瞥する。
「ノエル、随分と道草していたようね(訳:ノエルをずっと待っていたのよ。無事に着いて安心したわ)」
かれこれ一年の付き合いになるためか、お義母様の言葉から本音を読み取れるようになってきた。それにしても、相変わらずのツンデレ具合だ。
「遅くなってすみません。レティとの遠出が嬉しくてついつい連れまわしてしまいました。夕食には間に合いましたでしょう?」
「フン、早く夕食にするわよ。料理人たちが色々と用意してくれているんですから(訳:お腹が空いているでしょうし、早く夕食にしましょう。ノエルが好きそうなものを料理人たちに用意させたわ)」
ノエルとお義母様のやり取りを見ているといつも、じれったい。
愛されていないと思っているノエルと、愛しているからこそ国王から守るためにわざと冷たく当たるお義母様。
そんな二人が心から話せるようになる日が訪れて欲しいと切に願う。
サラたちが卒業してシナリオが終われば、この状況が変わってくれたらいいのだけど。
「レティ? 大丈夫?」
声がして顔を上げると、ノエルが覗き込んでいた。
考え事をしていたのが、疲れているように見えてしまったらしい。
「辛いのなら僕が運ぼう。腕を首にまわして」
「抱っこしてくれなくて大丈夫! 歩けるから! 一人で歩けるもん!」
俗にいうお姫様抱っこをしようとするノエルを制する。
義理の両親と大勢の使用人たちがいる前でされるのは勘弁だ。
「そうですよノエル、そんなに甘やかしているとレティシアさんに抱っこ癖がつくからやめなさい」
と、お義母様もノエルを止めてくれる、のはいいんだけど、その言い方だとまるで私が駄々をこねる子どものようではないか。お義母様は私のことをなんだと思っているんだ。
すると、そばで沈黙していたお義父様が重々しく口を開いた。
「シルヴィ、そんなことを言うな。レティちゃんは働き詰めで疲れているだろうし、ノエルに運ばせてやればいい」
「「「……」」」
「レティ……ちゃん?」
お義父様の口からポロロッと出て来た名前に違和感を覚えたのは、どうやら私だけではないらしい。
辺りは一瞬にして耳が痛くなるほどの沈黙に包まれたが、お義母様がコホンと咳払いすると使用人たちは呆然としていた表情を引き締めなおした。
しかし私はまだ衝撃を受けたまま、言葉を失ってしまう。
と、いうのも、お義父様は片目に大きな傷跡がある強面で厳格な、いかにも”歴戦を潜り抜けてきた騎士団長”って感じの人だ。
これまで会うたびにお義父様から漂う強者のオーラに圧倒されていたというのに、先ほどのレティちゃん発言で一転してキュートなおじ様に見えてきたからすごく困る。「ギャップ最高!」、と拍手を送りたい。
するとなにを思ったのか、ノエルが私をお父様から隠すようにして前に立った。気づいた次の瞬間には抱きしめられている。
「父上はレティと呼ばないでください」
ノエルの声は冷気を帯びていて、さすがのお義父様も瞠目してしまっている。お義母様は――動揺していないようだけど、手に持っている扇子を広げて口元を隠していた。
「安心しなさい。クライブは私一筋よ。まあ、あなたがレティシアさんを想う気持ちには負けるかもしれないわね。この王国中、いえ、この世界中を探してもあなたに勝てる人はいなさそうだわ」
そう言い放つお義母様の声はいつもより弾んでいて、どこか嬉しそうだった。
ぽかぽかとした温もりに誘われるままに眠っていると、なにやら柔らかいもので頭を叩かれた。
「やい、小娘」
苛立ちを募らせたジルの声が聞こえてくる。
「むにゃ……あと五分……」
「いつまでご主人様の膝の上で眠るつもりだ?!」
「……はっ!」
ジルの言葉で眠る前の状況を思い出してしまい、慌てて飛び起きた。
体を起こしてみれば、満面の笑みを浮かべたノエルに「おはよう」と言われる。その足元では、ぷんすこと怒って耳を後ろに倒しているジルがいるのだ。
ずっと彼らに寝顔を見られていたことを思うと馬車から飛び降りたくなる。グリフォンの馬車から飛び出せば上空ウン千メートルから真っ逆さまに落下することになるけど。
「わたっ私、どれくらい眠っていたの?」
「五時間くらい、かな。よく眠れたようで嬉しいよ」
「くっ……不覚だわ」
眠るふりするだけと思っていたのにしっかりガッツリ寝ていたのが我ながら信じられない。
「よだれ垂らしていなかった?」
「なかったよ」
「寝言とかは?」
「あ~……」
ノエル口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。
溜めるな、さっと言ってくれ。
とんでもない寝言を聞かれてしまったのではないかと、不安が膨らんでいく。
「名前を、呼んでくれた」
「えっ……」
「何度もノエルと呼んでくれたよ」
終わった。
穴があったら入りたい。
「ほ、他には?」
「他は、ね」
ノエルは悪戯っぽく笑みを浮かべると人差し指を立てて口元に当てた。
「秘密」
「教えなさいよ、ケチ」
「教えないよ。それとも、なにを言ったか当ててみる?」
「……趣味が悪いわよ」
自分がなにを言ったのか当てさせるなんて、そんなの拷問でしかない。
恨めし気に睨みつけてもノエルはどこ吹く風といった具合で、それはそれは、幸せそうな顔をしているものだから、自分がなにを言ったのか知りたくてしかたがないんだけど。
しかしノエルはちっとも教えてくれなかった。
◇
複雑な気持ちを抱えたまま馬車に乗っていたけど、ノエルが道中にある小さな街に立ち寄ってくれて、そこで昼食をとったり散策しているうちに気が紛れた。
そうして、ファビウス領に着くのはノエルが報せた通り、夜になった。
「え? ここがお屋敷?」
馬車から降りて見上げるのは、王城と勝るとも劣らない、聳え立つ城。
王城以外でこんなご立派な建物を見たのは初めてで、魔法灯に照らされたその全貌を見ただけでも足が竦みそうだ。
それに、一糸乱れぬ統率で出迎えてくれる使用人一同。
兵士の如く訓練されたような無駄のない動きは美しいけど緊張感を与えてくる。
さすがはファビウス家。
ノックスの建国以来、長年にわたり王族を支えてきた由緒ある騎士家の居城ってところね。
呆然と立ち尽くしていると、お義父様とお義母様が出迎えてくれた。
お義母様はちらとノエルを一瞥する。
「ノエル、随分と道草していたようね(訳:ノエルをずっと待っていたのよ。無事に着いて安心したわ)」
かれこれ一年の付き合いになるためか、お義母様の言葉から本音を読み取れるようになってきた。それにしても、相変わらずのツンデレ具合だ。
「遅くなってすみません。レティとの遠出が嬉しくてついつい連れまわしてしまいました。夕食には間に合いましたでしょう?」
「フン、早く夕食にするわよ。料理人たちが色々と用意してくれているんですから(訳:お腹が空いているでしょうし、早く夕食にしましょう。ノエルが好きそうなものを料理人たちに用意させたわ)」
ノエルとお義母様のやり取りを見ているといつも、じれったい。
愛されていないと思っているノエルと、愛しているからこそ国王から守るためにわざと冷たく当たるお義母様。
そんな二人が心から話せるようになる日が訪れて欲しいと切に願う。
サラたちが卒業してシナリオが終われば、この状況が変わってくれたらいいのだけど。
「レティ? 大丈夫?」
声がして顔を上げると、ノエルが覗き込んでいた。
考え事をしていたのが、疲れているように見えてしまったらしい。
「辛いのなら僕が運ぼう。腕を首にまわして」
「抱っこしてくれなくて大丈夫! 歩けるから! 一人で歩けるもん!」
俗にいうお姫様抱っこをしようとするノエルを制する。
義理の両親と大勢の使用人たちがいる前でされるのは勘弁だ。
「そうですよノエル、そんなに甘やかしているとレティシアさんに抱っこ癖がつくからやめなさい」
と、お義母様もノエルを止めてくれる、のはいいんだけど、その言い方だとまるで私が駄々をこねる子どものようではないか。お義母様は私のことをなんだと思っているんだ。
すると、そばで沈黙していたお義父様が重々しく口を開いた。
「シルヴィ、そんなことを言うな。レティちゃんは働き詰めで疲れているだろうし、ノエルに運ばせてやればいい」
「「「……」」」
「レティ……ちゃん?」
お義父様の口からポロロッと出て来た名前に違和感を覚えたのは、どうやら私だけではないらしい。
辺りは一瞬にして耳が痛くなるほどの沈黙に包まれたが、お義母様がコホンと咳払いすると使用人たちは呆然としていた表情を引き締めなおした。
しかし私はまだ衝撃を受けたまま、言葉を失ってしまう。
と、いうのも、お義父様は片目に大きな傷跡がある強面で厳格な、いかにも”歴戦を潜り抜けてきた騎士団長”って感じの人だ。
これまで会うたびにお義父様から漂う強者のオーラに圧倒されていたというのに、先ほどのレティちゃん発言で一転してキュートなおじ様に見えてきたからすごく困る。「ギャップ最高!」、と拍手を送りたい。
するとなにを思ったのか、ノエルが私をお父様から隠すようにして前に立った。気づいた次の瞬間には抱きしめられている。
「父上はレティと呼ばないでください」
ノエルの声は冷気を帯びていて、さすがのお義父様も瞠目してしまっている。お義母様は――動揺していないようだけど、手に持っている扇子を広げて口元を隠していた。
「安心しなさい。クライブは私一筋よ。まあ、あなたがレティシアさんを想う気持ちには負けるかもしれないわね。この王国中、いえ、この世界中を探してもあなたに勝てる人はいなさそうだわ」
そう言い放つお義母様の声はいつもより弾んでいて、どこか嬉しそうだった。



