ノエルに言われた通り早く就寝したけど、遠足前の小学生みたいにドキドキしてしまって、ちっとも眠れなかった。
そんな眠れない夜を越えた翌朝、支度を終えた私はノエルに寮まで迎えに来てもらって、ファビウス家の馬車に乗り込んだ。
今日はよく冷え込んでおり、頭上からは雪がちらちらと降っている。
ファビウス領も雪が降っているのかな、なんて考えていたら、馬車が動き出した。
「父上と母上には夜に到着すると伝えているから、ゆっくり行こう」
「ええ、ノエルはいまのうちにゆっくり休むといいわ」
冬星の祝祭日といえど、次期当主のノエルに休みはない。領地では連日、訪問客の相手をしないといけないそうだ。
ちなみに今回の訪問では領民に私のお披露目も兼ねているらしく、とても気が重い。
こんな地味な奴が次期領主様の婚約者でごめんなさい、と先に心の中で謝っておく。そっと両手を合わせて謝罪の言葉を唱えた。
すると、ノエルがくすりと笑う声が聞こえてくる。
「なにしてるの?」
「気休めのおまじないってところかしら」
「なにを気に病んでいる?」
「べ、つに。たいしたことじゃないわ」
「ふーん? それなら、そろそろ願い事を聞いてもらおうか」
願い事キタァァァァ。
いつかいつかと待っていたのにノエルが話さないから生殺しの状態だったのよね。
このタイミングで頼むって、どんなことなのかしら?
「わかったわ、ノエルの願い事を教えてくれる?」
するとノエルは唇の片側を持ち上げて微笑む。
その表情は蠱惑的で、いかにも黒幕といった様子に思わずごくりと唾を飲み込む。
「レティに甘えてもらいたい」
ノエルの言葉の意味を理解するのに数十秒はかかった。
「……わ、たしに? 甘えてもらいたい?」
「ああ、そうだ」
「私がノエルに甘えるの?」
「ああ、レティに甘えてもらいたいんだ」
「なななな、なんで?!」
おかしい。
せっかくなんでも願いを聞いてもらえるというのに、どうしてわざわざ私のためにお願いを使いたがるのかわからない。
「いいの?! ノエルはなにも得しないわよ?」
「そんなことない。こうやって頼まないと、レティの方から甘えてくれそうにないからね。得難いものを手にできると踏んでいるんだけど?」
「な……なん、で……」
甘すぎる言葉と眼差しに押されてたじろぐとノエルの腕に捕まってしまい、引き戻される。
「さ、甘えて」
そう言ってくるノエルは微笑みに圧を込めている。
急にそんなことを言われて甘えられるものか。そもそも、脅しをかけられた状態で甘えられるものか。
だけどノエルの願いを叶えるべく甘えてしまわないと、ノエルの凄みは消えてくれなさそうだ。
どんな風に甘えたらいいのか、てんでわからないんだけど、子どもの頃にお兄様に甘えていた時のように言えばいいのかしら?
「じゃ、じゃあ、お屋敷に着いたらケーキ食べたい」
「うん、そう言うことじゃない」
ひねり出した渾身の「甘え」はピシャリと否定されてしまった。
甘えるのならなんでもいいじゃないか。
「どうしたらいいのよ? なにを求めているの?」
「肩の力を抜いて寄りかかってくれたらいい」
よくわからないけどそれがノエルの希望らしいから、言われた通り、ノエルの肩にもたれかかってみる。
ピトッとくっついてみるとノエルの体温を感じて、ついでに言えば、ノエルがナチュラルに腕を回してくるから包まれているような状態になってしまい……肩の力なんて抜けるわけがない。むしろめちゃくちゃ緊張する。
「あの、ノエル、やっぱり別のお願いにして――んぎゃっ」
気恥ずかしくて離れようとするとノエルの両手が腕に添えられて、そのままそっと寝かせられてしまった。
頬に当たるのはノエルのズボンの生地。肌触りが良い高級品の生地だ。それも、枕にしてしまうのは惜しいくらいの。
そんな現実逃避をしていたけれど、ノエルの手が髪に触れる感覚がいまの状態を知らしめてくる。
私はいま、ノエルに膝枕をしてもらっているのだ、と。
「着くまで寝てて大丈夫だから」
「眠れないわよっ」
「目を閉じるだけで休めるだろう。寝不足のようだから心配なんだ」
そう言って、ノエルがゆっくりと頭を撫でてくれている。
撫でて、髪を指に引っかけ、流し梳く。さらり、と流してはまた撫でるように梳いてくれるのが心地よくて、思わず眠気に誘われてしまう。
けれど、髪のひと房をとって耳にかけてくれるノエルの指が首筋に当たり、思わず身をすくめてしまった。
「ひゃっ」
我ながら情けない声を出してしまって恥ずかしくなる。
「っレティ、ごめん」
「き、気にしないで」
「……」
「ノエル?」
返事がないから不思議に思って見上げると、ノエルは顔を真っ赤にしている。そんな顔を見るとつられてこちらも頬が熱くなってしまった。
魔性の黒幕(予備軍)の、意外にもピュアな反応に困惑してしまう。
恥ずかしいし、なんて声をかけたらいいのかわからなくて、迷った結果、寝たふりをして逃げることにした。
「お、おお、おやすみ! 眠る!」
「レティ、」
「……」
ぎゅっと目を閉じて無視しているけど、ノエルはもう一度名前を呼んでくる。
頭を撫でてくれる手は優しくて、このままずっと撫でて欲しいかも、なんて考えてしまった。それなのになぜか、その手がぴたりと止まってしまう。
寂しく思っているとノエルが上着をかけてくれて、体が温かさに包まれる。上着をかけ終えたノエルは、また頭を撫で撫でし始めた。
温かくて優しくて心地いい感覚は、たまらず眠気を誘ってくる。
ウトウトとしているとノエルに眼鏡を外された。
「危ないから眼鏡は預かっておくよ……このレンズ、僕にはキツイな」
どうやらノエルは、私の眼鏡をかけてみたようだ。
眼鏡姿のノエルを見てみたい欲と戦いつつ寝たふりをしていたんだけど、ノエルが頭を撫でてくれているうちに意識を手放してしまった。
そんな眠れない夜を越えた翌朝、支度を終えた私はノエルに寮まで迎えに来てもらって、ファビウス家の馬車に乗り込んだ。
今日はよく冷え込んでおり、頭上からは雪がちらちらと降っている。
ファビウス領も雪が降っているのかな、なんて考えていたら、馬車が動き出した。
「父上と母上には夜に到着すると伝えているから、ゆっくり行こう」
「ええ、ノエルはいまのうちにゆっくり休むといいわ」
冬星の祝祭日といえど、次期当主のノエルに休みはない。領地では連日、訪問客の相手をしないといけないそうだ。
ちなみに今回の訪問では領民に私のお披露目も兼ねているらしく、とても気が重い。
こんな地味な奴が次期領主様の婚約者でごめんなさい、と先に心の中で謝っておく。そっと両手を合わせて謝罪の言葉を唱えた。
すると、ノエルがくすりと笑う声が聞こえてくる。
「なにしてるの?」
「気休めのおまじないってところかしら」
「なにを気に病んでいる?」
「べ、つに。たいしたことじゃないわ」
「ふーん? それなら、そろそろ願い事を聞いてもらおうか」
願い事キタァァァァ。
いつかいつかと待っていたのにノエルが話さないから生殺しの状態だったのよね。
このタイミングで頼むって、どんなことなのかしら?
「わかったわ、ノエルの願い事を教えてくれる?」
するとノエルは唇の片側を持ち上げて微笑む。
その表情は蠱惑的で、いかにも黒幕といった様子に思わずごくりと唾を飲み込む。
「レティに甘えてもらいたい」
ノエルの言葉の意味を理解するのに数十秒はかかった。
「……わ、たしに? 甘えてもらいたい?」
「ああ、そうだ」
「私がノエルに甘えるの?」
「ああ、レティに甘えてもらいたいんだ」
「なななな、なんで?!」
おかしい。
せっかくなんでも願いを聞いてもらえるというのに、どうしてわざわざ私のためにお願いを使いたがるのかわからない。
「いいの?! ノエルはなにも得しないわよ?」
「そんなことない。こうやって頼まないと、レティの方から甘えてくれそうにないからね。得難いものを手にできると踏んでいるんだけど?」
「な……なん、で……」
甘すぎる言葉と眼差しに押されてたじろぐとノエルの腕に捕まってしまい、引き戻される。
「さ、甘えて」
そう言ってくるノエルは微笑みに圧を込めている。
急にそんなことを言われて甘えられるものか。そもそも、脅しをかけられた状態で甘えられるものか。
だけどノエルの願いを叶えるべく甘えてしまわないと、ノエルの凄みは消えてくれなさそうだ。
どんな風に甘えたらいいのか、てんでわからないんだけど、子どもの頃にお兄様に甘えていた時のように言えばいいのかしら?
「じゃ、じゃあ、お屋敷に着いたらケーキ食べたい」
「うん、そう言うことじゃない」
ひねり出した渾身の「甘え」はピシャリと否定されてしまった。
甘えるのならなんでもいいじゃないか。
「どうしたらいいのよ? なにを求めているの?」
「肩の力を抜いて寄りかかってくれたらいい」
よくわからないけどそれがノエルの希望らしいから、言われた通り、ノエルの肩にもたれかかってみる。
ピトッとくっついてみるとノエルの体温を感じて、ついでに言えば、ノエルがナチュラルに腕を回してくるから包まれているような状態になってしまい……肩の力なんて抜けるわけがない。むしろめちゃくちゃ緊張する。
「あの、ノエル、やっぱり別のお願いにして――んぎゃっ」
気恥ずかしくて離れようとするとノエルの両手が腕に添えられて、そのままそっと寝かせられてしまった。
頬に当たるのはノエルのズボンの生地。肌触りが良い高級品の生地だ。それも、枕にしてしまうのは惜しいくらいの。
そんな現実逃避をしていたけれど、ノエルの手が髪に触れる感覚がいまの状態を知らしめてくる。
私はいま、ノエルに膝枕をしてもらっているのだ、と。
「着くまで寝てて大丈夫だから」
「眠れないわよっ」
「目を閉じるだけで休めるだろう。寝不足のようだから心配なんだ」
そう言って、ノエルがゆっくりと頭を撫でてくれている。
撫でて、髪を指に引っかけ、流し梳く。さらり、と流してはまた撫でるように梳いてくれるのが心地よくて、思わず眠気に誘われてしまう。
けれど、髪のひと房をとって耳にかけてくれるノエルの指が首筋に当たり、思わず身をすくめてしまった。
「ひゃっ」
我ながら情けない声を出してしまって恥ずかしくなる。
「っレティ、ごめん」
「き、気にしないで」
「……」
「ノエル?」
返事がないから不思議に思って見上げると、ノエルは顔を真っ赤にしている。そんな顔を見るとつられてこちらも頬が熱くなってしまった。
魔性の黒幕(予備軍)の、意外にもピュアな反応に困惑してしまう。
恥ずかしいし、なんて声をかけたらいいのかわからなくて、迷った結果、寝たふりをして逃げることにした。
「お、おお、おやすみ! 眠る!」
「レティ、」
「……」
ぎゅっと目を閉じて無視しているけど、ノエルはもう一度名前を呼んでくる。
頭を撫でてくれる手は優しくて、このままずっと撫でて欲しいかも、なんて考えてしまった。それなのになぜか、その手がぴたりと止まってしまう。
寂しく思っているとノエルが上着をかけてくれて、体が温かさに包まれる。上着をかけ終えたノエルは、また頭を撫で撫でし始めた。
温かくて優しくて心地いい感覚は、たまらず眠気を誘ってくる。
ウトウトとしているとノエルに眼鏡を外された。
「危ないから眼鏡は預かっておくよ……このレンズ、僕にはキツイな」
どうやらノエルは、私の眼鏡をかけてみたようだ。
眼鏡姿のノエルを見てみたい欲と戦いつつ寝たふりをしていたんだけど、ノエルが頭を撫でてくれているうちに意識を手放してしまった。



