【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 ノエルの願い事がいつどこでどんなことになるのか全くわからず身構えていたけど、一週間経っても二週間経っても、ノエルはなにも言ってこなかった。
 そんな状態のまま、気づけば冬星の祝祭日の初日になってしまった。

「う~ん……」

 私はかれこれ一時間は鏡に映る自分とにらめっこしている。
 王都に出かけるサラたちを見守るためにノエルと出かけることになっているんだけど、待ち合わせの時間が迫る中、着ていく服が決まらなくて困っていて。

「やい、小娘。そろそろご主人様が来るんだから鏡から離れろ」

 ジルが足元でわあわあと騒ぎ始めたから、もうそろそろノエルが学園に到着するようだ。まずいわね。まだ髪型も服も納得できなくて悩んでいるのに、時間が過ぎていくばかりで。

 すると傍にいた、学園が雇っているメイドが、すすっと前に出て来た。手には若草色のドレスを持っている。

「ファビウス先生は以前、こちらの色のドレスをお召しのベルクール先生に見惚れていましたよ」
「みっ、ほれていただなんて……その、見間違えかと思いますが」
「ふふ、見間違えかどうか確認してみるのもいいかと思いませんか? 私にお任せください」

 と言ってメイドは半ば強制的にそのドレスに着替えさせてくれた。

「髪型はいかがいたしましょう」
「あの、髪型は――」

 いつも通りでお願いします、だなんて、前世で美容院に行った時のお決まりの台詞を言いかけて思い留まる。
 違う髪型にしたいと、思ってしまったのだ。
 ノエルが好きだと言ってくれた髪型に、したい、と。

 そんな理由は自分自身しか知らないはずなのに、違う髪型にしたいとメイドに言うのが気恥ずかしい。
 それでも思い切って頼んでみた。

「髪、今日は下ろしたままにしたいんです」
「素敵です! きっとファビウス先生が喜びますよ。よくベルクール先生の髪留めを外していますものね。いつも微笑ましく見ていましたわ」
「っ?!」
「きっと、髪を下ろしているベルクール先生がお好きなんですわ」
「っそ、そんなことはないです。気のせいです」
「うふふふふ」

 学園の中はどこにいたって人の視線があるのを思い知らされた。それに加えて、櫛を通してくれている間ずっとメイドに生温かい目で見られてしまい、いたたまれなかった。


 支度を全て終わることにはもうノエルが到着していたようで、ジルに急かされて寮を出る。扉を開けてすぐに、ノエルの姿が目に飛び込んできた。
 漆黒のコートを着こなしているノエルの、気品を感じさせる佇まいに見惚れてしまう。

「ごめん、ノエル。おまたせ……」
「いや、いま着いたところだから気にしないで」

 嘘だ。
 ジルがもっと前からノエルの到着を教えてくれていたのに。

 そう思いつつノエルのスマートなフォローをありがたく受けとると、ふと、ノエルがじっとこちらを見ているのに気づいた。

「今日は髪を下ろしてるんだ?」

 メイドが、「ほらね、見惚れているでしょう?」と言ってきそうだと思えてしまうのは、私の勘違い、なのかもしれない。

「ええ、いつもと違う髪型にしたかったから――」

 そう言い終えないうちにノエルは私の髪を一房取ると、目を閉じてそれにキスした。

「嬉しい。髪を下ろしているレティを見るのが好きなんだ。それに、今日のドレスは若草色、かな? レティはその色がよく似合うね」

 ノエルの目がコートの裾から覗くドレスへと移り、そしてまた私の顔へと戻ってくる。蕩けるような微笑を湛えながら。
 唐突な褒め殺しと微笑みに、心臓が爆音を立てて軋んだ。
 「好き」に反応してしまうのが悔しいけど、嬉しく思う気持ちの方が勝っていて、髪を下ろして良かったと、浮かれてしまう。

「さ、行こう」

 差し出された掌の上に手を置くと、優しく握ってくれる。指が一本一本、ゆっくりと絡められていくのがくすぐったくて、それと同時に、言いようもない幸福感で満たされた。

   ◇

「休暇だから人がいっぱいね」

 王都に着くと、いつも以上に人で溢れかえっている。こんな状態でサラたちを見つけるのは至難の業かもしれない、なんて思いつつきょろきょろと辺りを見回してみる。

「リュフィエさんたち、どこにいるのかしら?」
「休暇の初日に来るということは、贈り物を探している可能性があるな」

 確かに、冬星の祝祭日は大切な人にプレゼントを贈る風習があるから、家族や友だち同士で交換するために探しているのかもしれない。
 さすがはノエル、名推理だ。

「それなら雑貨店を見てみましょう!」
「ああ、その後にでもカフェに行ってみよう。そこで休んでいるかもしれない」
「そうね」

 サラたちくらいの女の子が行きそうなお店は知っているから、ノエルの手を引いて案内した。昨年のこの時期に王都に来た時と違い、ノエルが隣に居ると道が開けて歩きやすい。しかしその反面、四方八方から視線が飛んでくるのが辛い。
 
 みんなが見ているのはノエルなんだけど、隣に居る私の姿にもその視線が流れてくるから逃げ出したくなるのよね。

「レティ、大丈夫? 気分が悪くなったならどこかで休もう」

 私の変化を察知したのか、ノエルが気遣わしく覗き込んでくる。

「い、いいえ、大丈夫よ」
「本当に? 顔が赤いけど?」

 それはあなたがいきなり覗き込んできたからです、なんて言えないから視線を逸らすと、なにを思ったか、ノエルがいきなり頭にキスをしてくる。
 完全に不意打ちを喰らい、さらに顔が熱くなるものだから逃げ出したくてしかたがない。

「そんな顔をされると待てそうにないから困る」

 ノエルが独り言ちたのが上手く聞き取れず。

「なに?」

 聞き返していたところ、背後から大きな声が聞こえてきた。

「あ~! ファビウス先生が浮気してる!」
「サラッ! 声が大きすぎますわよ!」

 振り返るとサラとイザベルが、探していた二人が立っていた。