【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 庭園でノエルと話をしたあの日以来、ノエルの視線を以前にも増して感じるようになった気がする。
 手に触れた時、頭にキスをした時、あるいはそっと抱きしめてくれた時、こちらの様子を窺うようにじいっと見つめてくるのよね。

 澄んだ紫色の目を優しく細め、形の良い唇の両端を微かに持ち上げているその表情はただただ甘く、目が合うと、こちらの時が吸い取られてしまったと錯覚するほど強く魅せられてしまう。

 いままでノエルに魅了されていた人たちもこんな感覚を味わっているのかしら?
 そんなことを考えて勝手に、ノエルに見つめられた人たちに対して嫉妬してしまうものだから、笑いたくなる。



 「ベルクール先生、お加減が悪いのですか?」

 はっと気づくと、イザベルが心配そうに顔を覗き込んでいる。

「いいえ、少し考え事をしていたの。お話の途中にごめんなさい」

 慌てて笑って見せたけどイザベルはまだ心配してくれていて、いたわる言葉をかけてくれた。本当にいい子だ。

 いまは放課後で、サラとイザベルが準備室に遊びに来てくれている。
 イザベルは生徒会の仕事が早く終わったようで、サラが連れて来てくれたのだ。

「あ! メガネ先生が考えていることがわかりましたー! 冬星の祝祭日のことですよね?!」

 サラは目を輝かせて結果発表を待っている。
 天真爛漫なその姿を見ていると自然と心が和む。

「残念だけど、そのことではないわ」
「ちぇ~っ。ファビウス先生が授業中に話していたから、てっきりそのことだと思ってました」
「え、いつ話していたの?」
「今日で~す」
「……そ、そう。今日だったのね」

 どうりで、すれ違う生徒たちにニヤついた目で見られていたわけだ。モブとしては急に注目を集めてしまうと不安になるから止めて欲しい。
 
「ところで、二人は冬星の祝祭日をどう過ごすのかしら?」

 ここ数日、知りたくてたまらなかったサラの予定をそれとなく聞いてみる。
 するとサラは満面の笑みを浮かべて。 

「今年はなんと、イザベルのお屋敷にお呼ばれしてまーす!」

 と、まあ元気よく答えてくれたわけで。
 一方で私は予想だにしなかった答えに一瞬固まった。

「わ、わー! 素敵ー!」

 サラたちがきょとんとして見ているのに気づき、慌てて返答する。

「初日は王都でお買い物をしてから王都にあるイザベルの家のお屋敷に泊まるんですよ!」
「あら、素敵な時間になりそうね」

 動揺を隠して紅茶を飲みつつ、サラが言ったことを何回も頭の中で反芻させた。
 どういうことなのよと、叫ばなかった私を褒めて欲しい。
 ヒロインがどの攻略対象とも会わずに悪役令嬢を選ぶなんて……どうなってしまうんだろう?

 どうしてそうなったのかはわからないが、サラはイザベルを攻略するつもりなのかしら。
 たしかに、一年生の頃からイザベルを攻略する勢いでイザベルのことを好いているのは見て明らかだったけどさ。
 まさかそれが、こんなバグのような事態を引き起こすとは思ってもみなかった。

 これは困ったぞ。なにルートになるのかさっぱりわからない。それどころか、ハッピーエンドかバッドエンドかもわからないわ。

 漣のように広がる動揺を押し殺して、「お土産話しを聞かせてちょうだい」と言うのがやっとだった。
 もしかしてバグとかで悪役令嬢ルートがあるのかしら。そこまでやり込んでいなかったのが悔やまれる。

 気持ちを落ち着かせるために紅茶を一口飲んでいるところに、扉が開いてノエルが現れた。

「レティ、お疲れ様――おや、今日はリュフィエとセラフィーヌが来ているんだね」
「あ~! 噂をしていたらファビウス先生だ~」
「へえ? 噂を?」

 眩しいほどの笑みを浮かべて見つめてくるノエルから、「話の内容を教えろ」といったオーラが漂っている。
 ノエルは育ちがいいから、教えろなんて言わないだろうけど。

「冬星の祝祭日の話をしていたのよ」
「ああ、なるほど。二人はどのように過ごすんだい?」

 そう言ってノエルが更に笑みを強めると、サラが元気よく答えた。

「は~い! イザベルと一緒に過ごしま~す!」
「そうか、いい思い出をたくさん作ってきなさい」
「もちろんです!」

 サラはよほど楽しみにしているのか、頬を緩ませて幸せそうな顔をしている。
 生徒の幸せそうな姿を見られるのは嬉しいんだけど、その反面、予想外の展開に混乱するばかりだ。

 ノエルはサラとイザベルと一緒にセラフィーヌ領の話をし始めた。
 どうやらノエルは魔術省の仕事で行ったことがあるらしく、かなり詳しい。
 そうして話しているうちに外が暗くなると、サラとイザベルが寮に帰ってしまった。

「良かったな」
 
 扉が締められると、ノエルがぽつりと呟いた。
 ノエルが言わんとしていることは、なんとなくわかっている。冬星の祝祭日にサラが選んだのはイザベルだとわかって、良かったな、ということだ。

「いや、良くないわよ。おかげでこれからの展開が全く読めなくなってしまったもの」
「リュフィエがあの五人の男子生徒を選ばなかった時点でゲームとやらが定める運命から出たことになるんじゃないか?」
「いいえ、この世界はきっとなにか仕掛けてくるはずよ。だから見守らなきゃいけないわ」

 きっとシナリオ通りに進めようとして不可解な事件を起こしそうだもの。 

「お願い! 初日だけでいいから領地に行く前に二人の様子を見守らせて!」

 私を領地に連れていくためにノエルが色々と準備をしてくれているのは知っている。予定を変えてしまうことになるから申し訳ないけど、どうしてもサラたちの様子を見守らないと気が気でないもの。

「……じゃあ、その代わり、こちらの願いを聞いてもらおう」
「わかったわ。なんでも聞く」

 勢いで言いきったのを後悔した。
 ノエルを相手に「なんでも聞く」なんて言うべきではない。
 しかし、そう考えたところで後の祭りで。

「嬉しいな。なにを聞いてもらおうか考えておくよ」

 そう話すノエルの表情は黒幕然としていた。