「うう……もうやだ……」
寮に帰るとすぐに布団の中に潜り込む。
前世でも今でも、なにかあった時に逃げ込む場所といえばここだ。包まれると安心するし、なにより眠ったら嫌なことを忘れられるから。
「やい、小娘。ご主人様に対して無礼だぞ」
「う、うるさいわね。もう眠らせてよ」
しかしそう簡単には眠らせてもらえず、扉を叩く音がした。しぶしぶと開けると、ブドゥー先生が立っている。
「ベルクール先生、ファビウス先生が呼んでいますよ?」
「もう眠ったって伝えてもらっていいですか?」
「こんな時間、生徒たちもまだ起きてるのに納得してもらえないですよ。……まあ、そう言うとわかってたんでしょうね」
苦笑混じりのブドゥー先生がちらっと横を一瞥する。嫌な予感がしたけど手が勝手に動いてしまい、扉をもう少し押して開いてみると、ノエルの姿が視界に飛び込んできた。
「ひいぃぃぃぃっ!」
驚きのあまり扉を閉めようとするとノエルの手と足に妨げられる。
「ブドゥー先生、ありがとうございます。後は二人で話しますね」
ノエルは爽やかな笑みを浮かべつつ手に渾身の力をかけて扉が閉まるのを防いでいる。扉がめりめりと軋んでいて、砕けそうで怖い。恐るべし腕力をお持ちのようだ。
「邪魔者は退散しますけど、学園内で痴話喧嘩しないでくださいよ? 生徒たちに知られたら示しがつかなくなるんですから」
と、ブドゥー先生が釘を刺すような一言を残して去っていった。
誤解です。そんな雰囲気なんてちっともないし、それどころかノエルからは殺意が溢れていますし。
こんな危険物を置いていかないでください。
むしろ私を一緒に連れていって。
しかしそんな思いは届いてくれず、そうしている間にも扉は難なく開けられてしまったわけで。
「レティ」
「ひゃい」
「外に出よう。ここじゃ他の先生たちもいるから」
選択肢なんて用意されておらず、ノエルは私の手を握った。いつも通り、指一本一本を絡ませているのが、いまは逃げられないようにそうしているように見えてしまう。
「うう……」
ノエルがここにきた時点で逃げ場はすでになく、部屋に残してきた安全地帯に想いを馳せつつ寮を出た。
私の心なんてお構いなしに、満天の星が明るく輝いている。しかし地上は暗闇に沈み、ノエルが空いている方の手で持っているカンテラの明かりだけが頼りだ。
「どこに行くの?」
ノエルの顔をそっと見上げた。
カンテラの明りに照らされた横顔の輪郭は美しく、ちょっと見入ってしまう。
「庭園。そこなら寮から離れてるし、この時間なら誰もいないから、さっきの続きをしようと思って」
「さっきって?」
「ウンディーネと話していたこと」
「くっ……」
なんとなくわかっていたけど、ノエルに不信感を持たれたら最後だ。きっと吐くまで問い質される。しかも誰もいない庭園で。これは、絶体絶命のピンチだ。
どうにかしてノエルには興味を失ってもらわなければならない。
「た、たいしたことは話してないの」
「たいしたことじゃないって?」
必死になって口にした言葉はノエルの興味を削ぐどころか、怒りに触れたらしい。
「怒ってるの?」
「ああ、とても怒っているね」
そう申告するノエルの声は傷ついているように聞こえてしまい、これ以上どう声をかけていいのかわからず、口を噤むしかなかった。
◇
庭園に辿り着くと、ノエルはカンテラをミカに預ける。
「思ったよりも暗いな。少し待ってて」
そのまま繋いでいた手を解き、上着のポケットから黒革の手袋を取り出した。それを手にはめて魔法で手の甲の部分に印を書くと、指先に仄かな光が宿る。
なにをするのかわからず見守る中、ノエルは近くにあった花に触れた。花弁にそっと触れただけで、辺りに咲いてる花々に青白い光が宿る。
「綺麗……これは何の魔術?」
「植物に他の性質を付与する魔術。一時的に光るようにしたんだ」
「すごいわ! 魔術を使うとそんなことができるのね!」
淡く優しい光を帯びた花が咲く庭園は幻想的で、息をするのも忘れそうになりながら眺める。が、ノエルの手が背中に添えられた瞬間に現実に引き戻された。
私は今から、こんな幻想的で夢のような場所で尋問されるらしい。
「さて、まず座って」
ベンチに座るよう促されるけど、尋問が始まるとわかっていて座るものか。
「いや」
「駄々をこねない」
「子ども扱いしないでよ」
「わかってるよ。レティは僕の第二の母でしょ? 母上を立たせたまま話せないから座って」
「……」
子ども扱いされるのは嫌だし、母上と呼ばれると複雑な気持ちになる。そんな気持ちが鉛のように胸の中に落ち込んでしまうから、息苦しい。
なにも答えられずに下を向いていると、ノエルの口から「強硬手段にでるか」と恐ろしい単語が聞こえてきてた。
とうとう魔術で口を割らせるつもりなのでは、と戦々恐々としたその刹那、ふわりと体が浮かぶ。
「え?」
「このまま座るよ」
見るとノエルの顔がすぐ近くにあって、膝裏にはノエルの腕を感じていて。
「待って」
「待たない」
お姫様抱っこされていると気づいた時にはすでにベンチに座ったノエルの膝の上にいる。
完全に逃げ道を失い、それに加えてノエルが近すぎて密着し過ぎて、頭が真っ白になった。
「おおお、降ろして。私重いからノエルの膝がへこむ」
「骨が砕けるならわかるけど、へこむことはないと思うよ?」
「重いのは否定しないの?!」
「いや、レティの発想に気を取られていて否定しそびれただけで、重くないよ。ずっとこうしていられる」
「それはやめて」
ジトッと睨むと、ノエルは笑った。
不本意だけどようやく心からの笑顔を見られて胸を撫でおろす。が、そんな安堵は続いてくれない。
「で、だれに恋したって? 聞こえてきた時には目の前が真っ暗になったんだけど?」
ノエルから衝撃の事実を伝えられて一気に体温が下がる。あの会話をノエルに聞いてしまっていた。それも、タイミングの悪い時に。
「してない、です」
「嘘はよくない。レティが嘘をつく時、瞬きの回数が多くなるの知ってた?」
「っ?!」
無くて七癖と言うけれど、まさかこんな時にその言葉を実感するとは思わなかった。無意識のうちにノエルの疑念を育てている自分が恨めしい。
「前にも言ったけど、契約書には恋人を作っていいとは書いてないから。よそ見なんてしないでくれ」
ノエルの言葉にツキンと胸が痛む。
好きな人に浮気を疑われているのが悲しくて、泣きたくなった。
「してないわよ、そんなこと」
本当のことを言えたらどれだけいいだろう。だけど伝える勇気がなくて、ただ拳を結んでこの気持ちを耐えるしかなくて。
視界が微かに滲んでしまうものだから、さらに拳を握りしめた。
すると、ノエルがはっと息を呑むのが聞こえてきた。
「レティ、もしかして……いや、すまない。そんな顔をさせたくて話したかったんじゃない」
ノエルの指先が頬に触れて、そのまま掌で優しく包んでくれた。
夜風に当たっていた頬をじんわりと温めてくれる。
「最近はレティに拒絶されているような気がして焦っていたところ、あの話を聞いてしまったから浮気されたと勘違いしたんだ」
「してないわよ」
「うん、信じる。その代わり、質問に答えて安心させてくれる?」
そう言ってノエルは私の手を取ると自分の頬に当てた。
「こうやって触れるのは嫌?」
「嫌ではない、けど……」
心臓に悪いから止めて欲しいとは思っている、というのをグッとこらえていると、続いてノエルは頭にキスをする。
「こうされるのは嫌?」
「嫌ではないけど、ノエルが急にするようになったから驚いているというか……」
「……なるほど」
間近に迫るノエルの紫色の目はきらきらと輝いていて、本当に宝石みたいだ。そんな目に見つめられると心臓がけたたましく脈を打ち始めるから、ノエルに触れているところから伝わってしまうんじゃないかと心配してしまう。
「うん、わかった。いまはそれで十分だよ」
「なにがわかったのよ?」
「こっちの話だ」
それっきり、ノエルは質問を止めて放してくれた。どうしてなのかわからないけど機嫌が治っていて、いつも通り手を繋いで寮まで送ってくれて、そして挨拶と称して頬にキスをする。
「おやすみ、レティ」
「お、やすみ」
蕩けるような笑顔を向けられると言葉が頭から出て行きそうになる。
それをなんとか頭の中に呼び戻しつつ寮の中に入ると待ち構えていたかのようにブドゥー先生が現れて、そのまま先生の部屋に拉致されてなにがあったのか問い詰められることになった。
寮に帰るとすぐに布団の中に潜り込む。
前世でも今でも、なにかあった時に逃げ込む場所といえばここだ。包まれると安心するし、なにより眠ったら嫌なことを忘れられるから。
「やい、小娘。ご主人様に対して無礼だぞ」
「う、うるさいわね。もう眠らせてよ」
しかしそう簡単には眠らせてもらえず、扉を叩く音がした。しぶしぶと開けると、ブドゥー先生が立っている。
「ベルクール先生、ファビウス先生が呼んでいますよ?」
「もう眠ったって伝えてもらっていいですか?」
「こんな時間、生徒たちもまだ起きてるのに納得してもらえないですよ。……まあ、そう言うとわかってたんでしょうね」
苦笑混じりのブドゥー先生がちらっと横を一瞥する。嫌な予感がしたけど手が勝手に動いてしまい、扉をもう少し押して開いてみると、ノエルの姿が視界に飛び込んできた。
「ひいぃぃぃぃっ!」
驚きのあまり扉を閉めようとするとノエルの手と足に妨げられる。
「ブドゥー先生、ありがとうございます。後は二人で話しますね」
ノエルは爽やかな笑みを浮かべつつ手に渾身の力をかけて扉が閉まるのを防いでいる。扉がめりめりと軋んでいて、砕けそうで怖い。恐るべし腕力をお持ちのようだ。
「邪魔者は退散しますけど、学園内で痴話喧嘩しないでくださいよ? 生徒たちに知られたら示しがつかなくなるんですから」
と、ブドゥー先生が釘を刺すような一言を残して去っていった。
誤解です。そんな雰囲気なんてちっともないし、それどころかノエルからは殺意が溢れていますし。
こんな危険物を置いていかないでください。
むしろ私を一緒に連れていって。
しかしそんな思いは届いてくれず、そうしている間にも扉は難なく開けられてしまったわけで。
「レティ」
「ひゃい」
「外に出よう。ここじゃ他の先生たちもいるから」
選択肢なんて用意されておらず、ノエルは私の手を握った。いつも通り、指一本一本を絡ませているのが、いまは逃げられないようにそうしているように見えてしまう。
「うう……」
ノエルがここにきた時点で逃げ場はすでになく、部屋に残してきた安全地帯に想いを馳せつつ寮を出た。
私の心なんてお構いなしに、満天の星が明るく輝いている。しかし地上は暗闇に沈み、ノエルが空いている方の手で持っているカンテラの明かりだけが頼りだ。
「どこに行くの?」
ノエルの顔をそっと見上げた。
カンテラの明りに照らされた横顔の輪郭は美しく、ちょっと見入ってしまう。
「庭園。そこなら寮から離れてるし、この時間なら誰もいないから、さっきの続きをしようと思って」
「さっきって?」
「ウンディーネと話していたこと」
「くっ……」
なんとなくわかっていたけど、ノエルに不信感を持たれたら最後だ。きっと吐くまで問い質される。しかも誰もいない庭園で。これは、絶体絶命のピンチだ。
どうにかしてノエルには興味を失ってもらわなければならない。
「た、たいしたことは話してないの」
「たいしたことじゃないって?」
必死になって口にした言葉はノエルの興味を削ぐどころか、怒りに触れたらしい。
「怒ってるの?」
「ああ、とても怒っているね」
そう申告するノエルの声は傷ついているように聞こえてしまい、これ以上どう声をかけていいのかわからず、口を噤むしかなかった。
◇
庭園に辿り着くと、ノエルはカンテラをミカに預ける。
「思ったよりも暗いな。少し待ってて」
そのまま繋いでいた手を解き、上着のポケットから黒革の手袋を取り出した。それを手にはめて魔法で手の甲の部分に印を書くと、指先に仄かな光が宿る。
なにをするのかわからず見守る中、ノエルは近くにあった花に触れた。花弁にそっと触れただけで、辺りに咲いてる花々に青白い光が宿る。
「綺麗……これは何の魔術?」
「植物に他の性質を付与する魔術。一時的に光るようにしたんだ」
「すごいわ! 魔術を使うとそんなことができるのね!」
淡く優しい光を帯びた花が咲く庭園は幻想的で、息をするのも忘れそうになりながら眺める。が、ノエルの手が背中に添えられた瞬間に現実に引き戻された。
私は今から、こんな幻想的で夢のような場所で尋問されるらしい。
「さて、まず座って」
ベンチに座るよう促されるけど、尋問が始まるとわかっていて座るものか。
「いや」
「駄々をこねない」
「子ども扱いしないでよ」
「わかってるよ。レティは僕の第二の母でしょ? 母上を立たせたまま話せないから座って」
「……」
子ども扱いされるのは嫌だし、母上と呼ばれると複雑な気持ちになる。そんな気持ちが鉛のように胸の中に落ち込んでしまうから、息苦しい。
なにも答えられずに下を向いていると、ノエルの口から「強硬手段にでるか」と恐ろしい単語が聞こえてきてた。
とうとう魔術で口を割らせるつもりなのでは、と戦々恐々としたその刹那、ふわりと体が浮かぶ。
「え?」
「このまま座るよ」
見るとノエルの顔がすぐ近くにあって、膝裏にはノエルの腕を感じていて。
「待って」
「待たない」
お姫様抱っこされていると気づいた時にはすでにベンチに座ったノエルの膝の上にいる。
完全に逃げ道を失い、それに加えてノエルが近すぎて密着し過ぎて、頭が真っ白になった。
「おおお、降ろして。私重いからノエルの膝がへこむ」
「骨が砕けるならわかるけど、へこむことはないと思うよ?」
「重いのは否定しないの?!」
「いや、レティの発想に気を取られていて否定しそびれただけで、重くないよ。ずっとこうしていられる」
「それはやめて」
ジトッと睨むと、ノエルは笑った。
不本意だけどようやく心からの笑顔を見られて胸を撫でおろす。が、そんな安堵は続いてくれない。
「で、だれに恋したって? 聞こえてきた時には目の前が真っ暗になったんだけど?」
ノエルから衝撃の事実を伝えられて一気に体温が下がる。あの会話をノエルに聞いてしまっていた。それも、タイミングの悪い時に。
「してない、です」
「嘘はよくない。レティが嘘をつく時、瞬きの回数が多くなるの知ってた?」
「っ?!」
無くて七癖と言うけれど、まさかこんな時にその言葉を実感するとは思わなかった。無意識のうちにノエルの疑念を育てている自分が恨めしい。
「前にも言ったけど、契約書には恋人を作っていいとは書いてないから。よそ見なんてしないでくれ」
ノエルの言葉にツキンと胸が痛む。
好きな人に浮気を疑われているのが悲しくて、泣きたくなった。
「してないわよ、そんなこと」
本当のことを言えたらどれだけいいだろう。だけど伝える勇気がなくて、ただ拳を結んでこの気持ちを耐えるしかなくて。
視界が微かに滲んでしまうものだから、さらに拳を握りしめた。
すると、ノエルがはっと息を呑むのが聞こえてきた。
「レティ、もしかして……いや、すまない。そんな顔をさせたくて話したかったんじゃない」
ノエルの指先が頬に触れて、そのまま掌で優しく包んでくれた。
夜風に当たっていた頬をじんわりと温めてくれる。
「最近はレティに拒絶されているような気がして焦っていたところ、あの話を聞いてしまったから浮気されたと勘違いしたんだ」
「してないわよ」
「うん、信じる。その代わり、質問に答えて安心させてくれる?」
そう言ってノエルは私の手を取ると自分の頬に当てた。
「こうやって触れるのは嫌?」
「嫌ではない、けど……」
心臓に悪いから止めて欲しいとは思っている、というのをグッとこらえていると、続いてノエルは頭にキスをする。
「こうされるのは嫌?」
「嫌ではないけど、ノエルが急にするようになったから驚いているというか……」
「……なるほど」
間近に迫るノエルの紫色の目はきらきらと輝いていて、本当に宝石みたいだ。そんな目に見つめられると心臓がけたたましく脈を打ち始めるから、ノエルに触れているところから伝わってしまうんじゃないかと心配してしまう。
「うん、わかった。いまはそれで十分だよ」
「なにがわかったのよ?」
「こっちの話だ」
それっきり、ノエルは質問を止めて放してくれた。どうしてなのかわからないけど機嫌が治っていて、いつも通り手を繋いで寮まで送ってくれて、そして挨拶と称して頬にキスをする。
「おやすみ、レティ」
「お、やすみ」
蕩けるような笑顔を向けられると言葉が頭から出て行きそうになる。
それをなんとか頭の中に呼び戻しつつ寮の中に入ると待ち構えていたかのようにブドゥー先生が現れて、そのまま先生の部屋に拉致されてなにがあったのか問い詰められることになった。



