【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

   ◇

 窓の外が薄暗くなってくるとようやく、リュフィエたちは準備室を出て行った。
 ようやくの二人きりだ。
 最近は生徒たちが頻繁に訪ねてくるようになり、二人きりの時間が少なくなってしまった。
 内心不満だが、生徒たちが来ると嬉しそうにしているレティシアを見ているとこの気持ちを出すことはできず。
 その代わり、彼らが帰ってからは存分にこの時間を楽しむことにしている。

「み、みんな帰っちゃったわね」
「そうだな」

 こちらの気持ちなんて少しも気づいていないレティシアは名残惜しそうだ。
 大人げないとはわかっているが、そんな姿を見ていると生徒たち相手に妬いてしまう。

 レティシアがとりわけ気にかけている生徒である彼らに対してそんな感情を抱いていると、レティシアを不安がらせてしまうのだろうか?
 前世で見てきたこの世界の運命通りになってしまうのではないかと憂うのかもしれない。

 レティシアの前世の記憶。
 初めて聞かされた時は、予想外の告白に頭が追いつかず、言葉を失った。
 
 この世界にはあらかじめ決められた複数の運命にあり、レティシアがそのすべてを見てきたというのは非現実的な話だが、同時に、彼女が先視のようなことをしていたのに説明がつく。
 ロアエク先生を呪われた時の僕の気持ちや僕の過去を見事に言い当てられた時は本当に驚かされた。

 それと同時に、嬉しかった。
 レティシアは僕がどんなに非道なことをしていたのかわかっていたのにも拘わらず、救おうとしてくれたのだから。
 愛おしく思う気持ちが増すばかりだ。

 一方で、ずっと気にかかっていたことがある。

「レティシア、前に話していたゲームとやらは恋愛をするためのものと言っていたよね?」
「え、ええ。そういう目的のゲームなのよ」

 どの生徒とも恋愛の真似事をしていたと聞かされた時はかなり落ち込んだ。
 ゲームとやらでそのような疑似体験をすることはレティシアの前世での世界では当たり前のようなことらしく、現実のことではないと説明されたが、それでも絶望に突き落とされるようだった。

 自分で聞いておきながら、少し後悔したほどに。

「だれのことが一番好きだった?」
「……」
「レティシア?」

 レティシアは唇を固く閉じて言おうとしない。
 見つめると目を逸らされてしまった。

 そんなにも必死な反応を見せられるとますます不安が影を落とす。

「疑似体験の話なんだから、なにも後ろめたいことはないだろう?」
「そうだけど、現実のことじゃなくても恋愛の思い出だからそう簡単に話すわけには――ぎゃっ」

 座っているレティシアを背後から抱きしめると、レティシアが身を固くした。
 最近はずっとこんな調子で、それもまた焦燥を募らせる一因だ。
 レティシアの心が離れていくようで、不安でならない。

 簡単には話せない恋愛の思い出。
 レティシアの口からそのように聞かされると、さすがに耐えられなくなった。
 現実ではないとはいえ、レティシアが生徒に恋をして、その記憶を大切にしているのに心底嫉妬する。

「ノエル? 急にどうしたの?」

 レティシアのほっそりとした首にまわしている腕に、レティシアの手が躊躇いがちに触れる。

「なんでもないよ」
「なんでもないことないでしょう?!」

 僕の異変を察知しているのなら、そろそろこの気持ちにも気づいてくれ。
 こちらはレティシアへの想いが日に日に増して、胸が苦しくてしかたがないのに。

 恨み言を伝える代わりにレティシアの髪を解いた。
 柔らかな髪が肩に落ちると微かに、薬草の爽やかな香りがする。レティシアが髪の手入れに使っている薬品の香りかもしれない。

 その香りに誘われて、鼻先をレティシアの頭に埋める。

 レティシアの心がこちらに向いてくれるのを待っているのがどれほど苦しくてしかたがないのかを、わかってくれたらいいのに。

 切なさが込み上げるとたまらなく苦しい。
 その気持ちを紛らわせたい一心で、レティシアの頭に軽く唇で触れた。

「で、だれとの恋が一番、レティシアの心に残った?」
「ううっ……」

 レティシアは断固として言おうとしない。

 ソフィーから教えてもらったレティシア愛読の恋愛小説から察するとアロイス、かもしれない。
 しかし最近はスヴィエート殿下の接触が多く、殿下と話しているレティシアの嬉しそうな顔を見ていると、彼のような気もする。

「どうしてそんなこと聞くのよ?」
「どうしてだと思う?」
「っわからないから聞いているのに質問で返さないでよ」

 そうだろうから僕の気持ちを想像して欲しい。
 どうしてそんなことを聞くのかを、想像して、早く結論に辿り着いてくれ。

 膨れ上がる気持ちのせいで、待つのがもう苦しいんだ。

「もしかして、本当はいまも想いを寄せているとか?」
「そ、そんなことないから」
「隠されると怪しいんだけど?」

 レティシアの頭にもう一度唇で触れて、頬に当たる柔らかな髪を堪能した。
 するとレティシアが息をのむ声が聞こえてくる。続いて小さく呻く声を漏らすと、レティシアはついに白状した。

「ア、ロイス、殿下、でした」
「……そうか」

 レティシアはやはりアロイスが好みのようだ。
 以前のアロイスのような、近寄りがたい印象の男に惹かれるらしい。それがわかったところで、僕はレティシアに冷たい態度をとるなんて到底できそうにない。

 ひとまずアロイスには、極力近づけないようにしておこう。

「い、いまは違うわよ? 生徒に恋愛感情を抱くなんて教師失格だもの!」

 必死で弁明しようとするレティシアを見ていると胸の中を黒く禍々しい気持ちが渦巻いてならない。

「へぇ? そんなに必死で言われると妬けるな」
「こ、心にもないことを」

 レティシア、その一言はかなり僕の気持ちを刺激するんだ。
 いまのはレティシアが悪いよ。

 そう心の中で恨み言を述べつつ、レティシアの髪の中に手を差しいれつつもう一度、頭に口づけを落した。
 触れるたびにレティシアが困惑しているのには気づいていたが、この想いをわかってもらえるように、願いを込めて少し長めに触れてみる。

「ノノノ、ノエル、眠いのならもう帰った方がいいわよ? 私を抱き枕代わりにしないで」

 こんなことをしてもそう簡単に気づいてくれないのがこの婚約者様で。
 ほろ苦い気持ちになり、自虐めいた笑いを浮かべてしまった。