ノエルの目が見開かれて、背中を撫でてくれていた手が止まる。
「前世?」
「ええ、ここではない世界で生きていた時の記憶よ」
「……なるほど、やはり僕の予想を超えてくる。続けて」
「え、あ、うん」
ノエルは私の話をちっともバカにしなかったし、否定しようとしなかった。それどころか、真剣な眼差しを向けて聞いてくれている。
そんな姿を見ると迷いは消えていって。
意を決して、ノエルに全てを話した。
この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの舞台であること。
ゲームのシナリオ通りのことが現実に起こっていること。
私が受け持つ生徒たちがメインキャラクターであること。
バッドエンドとハッピーエンドがあること。
そして、ノエルが黒幕であることも、全て。
ノエルは一度も口を挟まずに聞いてくれた。
◇
話し終えると沈黙が流れた。
ノエルはただ黙って私の背中を撫でている。
思案している顔を見せられるとなかなか話しかけづらく。
黙って見つめていると、ノエルは深く息を吐きだしてから口火を切った。
「名前は?」
「え?」
「レティシアの前世の名前、教えて」
「あ、青山深月。青山が家名よ」
久しぶりに名乗ると不思議な感覚がした。
ノエルはノエルで、「なるほど、今までに聞いたことがない法則の言葉だな」なんて感心している。
それから数度、前世の私の名前を口にしていた。
名前の意味を聞いてきたから、満月の日に生まれたからその名前になったと伝えれば、なぜか嬉しそうな顔をした。月と言う言葉が入っているのがいいらしい。
どうしてなのかは教えてくれなかったけど。
すぐには信じてもらえないと思っていた。それなのにノエルは疑うことなく名前を聞いてくるものだから拍子抜けしてしまった。しかもなぜだか上機嫌だ。
「誰かに話したことあるのか?」
「いいえ、ノエルが初めてよ」
「良かった」
「え?!」
「こっちの話だ」
こっちとはどっちの話なんだと言ってやりたくなっていたところノエルに手を引かれてしまい、そのまま腕の中に閉じ込められた。
背中にはピッタリとノエルの胸がついていて、ノエルの熱がじわじわと伝わる。その熱に翻弄されていると耳元で質問が続けられる。
「結婚は?」
「え、あ、け、結婚?」
「ああ、どんな奴と結婚してたのか知りたい」
これまた予想外の質問に面食らってしまう。
「する前に死んだわ」
「そうか……ごめん」
「謝らないでよ。逆に傷つくわ」
冗談めかして言ってみたのに取り合ってくれず、顔を上げると真剣な眼差しを崩していなかった。
「恋人は、いたのか?」
「いいえ。失恋して、ヤケ酒した挙句に死んだの。笑ってくれて結構よ」
ノエルの好奇心は止まらない。
まさか恋愛についても触れられるとは思ってもいなかった。そして、できれば触れられたくなかったけどこの際しかたがない。冗談を交えての失恋報告だ。泣いてなんかいないもん。
しかし、顔を上げてノエルを見て見ると、なんと唇の両端を持ち上げて微笑んでいやがる。
出そうになった涙は引っ込んで瞬時に怒りが込み上げてくる。
「ちょっと! 本当に笑うなんて失礼よ」
「レティシアには悪いけど、嬉しいんだ。前世といまを合わせても、レティシアが初めて夫にするのは僕なんだから」
冗談だとは思うけど、口から砂糖を吐きそうなほど甘ったるいことを言われると顔が熱くなる。
「私が言ったこと、信じるの?」
「信じるよ。レティシアが言うことならなんでも信じる」
「どうして?」
「レティシアだから」
「うそ、でしょう?」
これまでに数々の見張りをつけてくるほど用心深いノエルが、こんなにも非現実的な話を、あっさりと信じるとは思えない。
「本当だよ。それに、そのゲームとやらに出て来た僕の過去も気持ちも相違点がないし、なにより、これまでのレティシアの行動に説明がつくからね。あの契約書を交わした後に『大切にする』って言ってくれた理由がわからなかったし、他にもいろいろと不可解な点があったからね」
「うっ……」
どうやらノエルにはかなり怪しまれていたらしい。
それでも殺されずに済んだのは、やはり目の前にいるノエルがゲームの中のノエルとは変わったから、ということよね?
いまのノエルは優しくて、寂しがり屋で、そして――。
振り返って見上げると目元を綻ばせて微笑みかけてくれて、紫色の瞳と目が合えば、いきなり胸が音を立てて軋んだ。
なんだかおかしいぞ、私。
いきなり動悸が激しくなった気がする。
胸に手を当ててみる傍らで、ノエルが深く溜息をついた。
「レティシアは生徒たちを助けるために僕に婚約を持ちかけてきたというわけか。復讐心に駆られた僕が黒幕に堕ちるのを防げばすべてが丸く収まると」
「……ずっと騙していてごめんなさい。こんな奴と結婚するのは嫌でしょう? あの子たちが卒業したら破棄して構わないから、悪いけど卒業までは我慢してくれる?」
「いや、そんなことは絶対にしない」
ノエルの眉間に皺が寄せられる。
見るからに機嫌が急降下したのを間近で見てしまい、ひゅっと息をのむ。
「レティシアには返しきれない恩がある。それに僕の秘密を知ったまま婚約破棄することになったら丸腰のまま危険に身をさらすのと同じだから危険だ。恩人を危険に晒すとわかっていて破棄するつもりはないよ。わかった?」
「ひゃい」
さすがは律義なノエル。お礼はしっかり返さないと気が済まないようだ。
でも、だからと言って私との婚約を続けていいのかは疑問のまま。だけどこれ以上なにか言うとまた雷を呼びそうな雰囲気だから触れないことにした。
「ロアエク先生が呪いにかけられた時、確かに復讐心が芽生えていた。あのままロアエク先生が死んでしまっていたら、レティシアが知っていた通りの未来になっていただろうね」
ノエルは当時のことを思い出しているようで、ぽつりぽつりと話した。
「レティシア、婚約を持ちかけてくれてありがとう。レティシアのおかげで僕はなにも失わずに済んだ。それどころか多くのものを手に入れたよ」
「ねえ、ロアエク先生は無事だったのに、どうしてシーアに手を貸しているの?」
「密偵として役に立てばノックス国内の味方が増えると判断したんだ。シーアの魔術師たちを探る対価に、レティシアの保護をルーセル師団長に頼んでいる」
なんてこった。
理由が予想外で、顎が外れそうなほど口が開いた。
ノエルがシーアに手を貸した理由が私のためだなんて、ちっとも思いつかなかった。ちっとも、微塵も、一ミリも、だ。
「国王はいつかきっと、レティシアを狙うはずだ。だから僕には味方がいる。ロアエク先生の呪いを解くために協力してくれたレティシアを見てわかったんだ。大切な人を守るためには味方がたくさんいるってね」
大切な人、と耳元で囁かれるとますます心臓が音を立てる。
おかしい。脳内が勝手に甘い想像を始めようとするものだからあわてて頭を振った。
「だからってノエルが危険な目に遭うのは嫌よ。それに、ノエルがシナリオに巻き込まれそうで、怖いわ」
「大丈夫、僕は生徒たちに危害を加えたりしない。この先どんな未来が待っていようと約束するよ」
「でも、この世界はきっとシナリオ通りにするつもりよ」
卒業式までに大波乱が起きるのは間違いない。
なにが起こるかわからないけど、サラへの試練を残しているはず。
「シナリオとやらが起こす困難からも、国王からも、絶対に守るから」
ノエルは体を離して向かい合わせになると、私の頬に手を添えた。
両手で包み込んだまま撫でてくれるその手は、まるで泣きそうになっている子どもをあやすように撫でてくれている。
「レティシアが知り得なかった最高の結末を見せてあげるから、そんな顔しないで」
そう言ってくれるノエルの瞳には、ひどく不安げな自分の顔が映っていた。
ノエルはきっと、私が泣き出すかもしれないと思っているようで。
なにも答えられないでいると、額や目尻に軽く触れるキスをしてくる。
そんなキスもまた、子どもが泣きださないようにあやしているようなもので、複雑な気持ちになった。
「子ども扱いしないでよ」
「わかってるよ。レティシアは僕の第二の母上だろう?」
「え、あ、うん……?」
そんなつもりで言ったわけではないのに、ノエルはさも当然のように言ってのける。
その言葉を聞くと、胸の中にもやもやとした気持ちが広がっていった。
「じゃあ母上、そろそろ部屋に帰るよ」
「えっ……」
「隠し事を教えてくれたから居座れないし、大人しく退散するから安心して寝て」
ノエルの腕がゆっくりと離れていく。
少しずつ熱が遠ざかっていく感覚に焦りと寂しさを覚えてしまい、そんな自分に困惑した。
いままではこんなことなかった。
いつも寮に送ってもらっている時は、こんなにも、名残惜しく思うことなんてなかったのに。
理解してはダメだ。
違う。
ただの勘違いのはず。
必死になって否定するのも虚しく、ノエルがおやすみの挨拶と称して頬にキスを落とすと、反論する感情は音を立てて崩れ落ち、一つの結論だけが残った。
「おやすみ、レティシア」
ノエルは私を寝かしつけると部屋を出た。
パタン、と扉が閉まる音を聞くといたたまれなくなってベッドの上を転がりまわる。そうしている間にも頭の中を埋め尽くしていくのは、ノエルが微笑む顔や声、そしてノエルと過ごした日々の記憶。
「うわぁ……どう、しよう……うわぁ……」
いくら喚いたって、一度気づかされてしまった気持ちは消えてくれない。
失恋して、もう恋はしないと決意したのはたしか一年半くらい前。
恋なんて一生するものかと思いつつ推しを守るために婚約に踏み切るという無謀な行動を起こしたのも同じ時期。
一生恋をしないと決意したのにも拘わらず、懲りずにまたこの感情を抱くなんて、我ながら笑いたくなる。
私は、ノエルに、恋をした。
「前世?」
「ええ、ここではない世界で生きていた時の記憶よ」
「……なるほど、やはり僕の予想を超えてくる。続けて」
「え、あ、うん」
ノエルは私の話をちっともバカにしなかったし、否定しようとしなかった。それどころか、真剣な眼差しを向けて聞いてくれている。
そんな姿を見ると迷いは消えていって。
意を決して、ノエルに全てを話した。
この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの舞台であること。
ゲームのシナリオ通りのことが現実に起こっていること。
私が受け持つ生徒たちがメインキャラクターであること。
バッドエンドとハッピーエンドがあること。
そして、ノエルが黒幕であることも、全て。
ノエルは一度も口を挟まずに聞いてくれた。
◇
話し終えると沈黙が流れた。
ノエルはただ黙って私の背中を撫でている。
思案している顔を見せられるとなかなか話しかけづらく。
黙って見つめていると、ノエルは深く息を吐きだしてから口火を切った。
「名前は?」
「え?」
「レティシアの前世の名前、教えて」
「あ、青山深月。青山が家名よ」
久しぶりに名乗ると不思議な感覚がした。
ノエルはノエルで、「なるほど、今までに聞いたことがない法則の言葉だな」なんて感心している。
それから数度、前世の私の名前を口にしていた。
名前の意味を聞いてきたから、満月の日に生まれたからその名前になったと伝えれば、なぜか嬉しそうな顔をした。月と言う言葉が入っているのがいいらしい。
どうしてなのかは教えてくれなかったけど。
すぐには信じてもらえないと思っていた。それなのにノエルは疑うことなく名前を聞いてくるものだから拍子抜けしてしまった。しかもなぜだか上機嫌だ。
「誰かに話したことあるのか?」
「いいえ、ノエルが初めてよ」
「良かった」
「え?!」
「こっちの話だ」
こっちとはどっちの話なんだと言ってやりたくなっていたところノエルに手を引かれてしまい、そのまま腕の中に閉じ込められた。
背中にはピッタリとノエルの胸がついていて、ノエルの熱がじわじわと伝わる。その熱に翻弄されていると耳元で質問が続けられる。
「結婚は?」
「え、あ、け、結婚?」
「ああ、どんな奴と結婚してたのか知りたい」
これまた予想外の質問に面食らってしまう。
「する前に死んだわ」
「そうか……ごめん」
「謝らないでよ。逆に傷つくわ」
冗談めかして言ってみたのに取り合ってくれず、顔を上げると真剣な眼差しを崩していなかった。
「恋人は、いたのか?」
「いいえ。失恋して、ヤケ酒した挙句に死んだの。笑ってくれて結構よ」
ノエルの好奇心は止まらない。
まさか恋愛についても触れられるとは思ってもいなかった。そして、できれば触れられたくなかったけどこの際しかたがない。冗談を交えての失恋報告だ。泣いてなんかいないもん。
しかし、顔を上げてノエルを見て見ると、なんと唇の両端を持ち上げて微笑んでいやがる。
出そうになった涙は引っ込んで瞬時に怒りが込み上げてくる。
「ちょっと! 本当に笑うなんて失礼よ」
「レティシアには悪いけど、嬉しいんだ。前世といまを合わせても、レティシアが初めて夫にするのは僕なんだから」
冗談だとは思うけど、口から砂糖を吐きそうなほど甘ったるいことを言われると顔が熱くなる。
「私が言ったこと、信じるの?」
「信じるよ。レティシアが言うことならなんでも信じる」
「どうして?」
「レティシアだから」
「うそ、でしょう?」
これまでに数々の見張りをつけてくるほど用心深いノエルが、こんなにも非現実的な話を、あっさりと信じるとは思えない。
「本当だよ。それに、そのゲームとやらに出て来た僕の過去も気持ちも相違点がないし、なにより、これまでのレティシアの行動に説明がつくからね。あの契約書を交わした後に『大切にする』って言ってくれた理由がわからなかったし、他にもいろいろと不可解な点があったからね」
「うっ……」
どうやらノエルにはかなり怪しまれていたらしい。
それでも殺されずに済んだのは、やはり目の前にいるノエルがゲームの中のノエルとは変わったから、ということよね?
いまのノエルは優しくて、寂しがり屋で、そして――。
振り返って見上げると目元を綻ばせて微笑みかけてくれて、紫色の瞳と目が合えば、いきなり胸が音を立てて軋んだ。
なんだかおかしいぞ、私。
いきなり動悸が激しくなった気がする。
胸に手を当ててみる傍らで、ノエルが深く溜息をついた。
「レティシアは生徒たちを助けるために僕に婚約を持ちかけてきたというわけか。復讐心に駆られた僕が黒幕に堕ちるのを防げばすべてが丸く収まると」
「……ずっと騙していてごめんなさい。こんな奴と結婚するのは嫌でしょう? あの子たちが卒業したら破棄して構わないから、悪いけど卒業までは我慢してくれる?」
「いや、そんなことは絶対にしない」
ノエルの眉間に皺が寄せられる。
見るからに機嫌が急降下したのを間近で見てしまい、ひゅっと息をのむ。
「レティシアには返しきれない恩がある。それに僕の秘密を知ったまま婚約破棄することになったら丸腰のまま危険に身をさらすのと同じだから危険だ。恩人を危険に晒すとわかっていて破棄するつもりはないよ。わかった?」
「ひゃい」
さすがは律義なノエル。お礼はしっかり返さないと気が済まないようだ。
でも、だからと言って私との婚約を続けていいのかは疑問のまま。だけどこれ以上なにか言うとまた雷を呼びそうな雰囲気だから触れないことにした。
「ロアエク先生が呪いにかけられた時、確かに復讐心が芽生えていた。あのままロアエク先生が死んでしまっていたら、レティシアが知っていた通りの未来になっていただろうね」
ノエルは当時のことを思い出しているようで、ぽつりぽつりと話した。
「レティシア、婚約を持ちかけてくれてありがとう。レティシアのおかげで僕はなにも失わずに済んだ。それどころか多くのものを手に入れたよ」
「ねえ、ロアエク先生は無事だったのに、どうしてシーアに手を貸しているの?」
「密偵として役に立てばノックス国内の味方が増えると判断したんだ。シーアの魔術師たちを探る対価に、レティシアの保護をルーセル師団長に頼んでいる」
なんてこった。
理由が予想外で、顎が外れそうなほど口が開いた。
ノエルがシーアに手を貸した理由が私のためだなんて、ちっとも思いつかなかった。ちっとも、微塵も、一ミリも、だ。
「国王はいつかきっと、レティシアを狙うはずだ。だから僕には味方がいる。ロアエク先生の呪いを解くために協力してくれたレティシアを見てわかったんだ。大切な人を守るためには味方がたくさんいるってね」
大切な人、と耳元で囁かれるとますます心臓が音を立てる。
おかしい。脳内が勝手に甘い想像を始めようとするものだからあわてて頭を振った。
「だからってノエルが危険な目に遭うのは嫌よ。それに、ノエルがシナリオに巻き込まれそうで、怖いわ」
「大丈夫、僕は生徒たちに危害を加えたりしない。この先どんな未来が待っていようと約束するよ」
「でも、この世界はきっとシナリオ通りにするつもりよ」
卒業式までに大波乱が起きるのは間違いない。
なにが起こるかわからないけど、サラへの試練を残しているはず。
「シナリオとやらが起こす困難からも、国王からも、絶対に守るから」
ノエルは体を離して向かい合わせになると、私の頬に手を添えた。
両手で包み込んだまま撫でてくれるその手は、まるで泣きそうになっている子どもをあやすように撫でてくれている。
「レティシアが知り得なかった最高の結末を見せてあげるから、そんな顔しないで」
そう言ってくれるノエルの瞳には、ひどく不安げな自分の顔が映っていた。
ノエルはきっと、私が泣き出すかもしれないと思っているようで。
なにも答えられないでいると、額や目尻に軽く触れるキスをしてくる。
そんなキスもまた、子どもが泣きださないようにあやしているようなもので、複雑な気持ちになった。
「子ども扱いしないでよ」
「わかってるよ。レティシアは僕の第二の母上だろう?」
「え、あ、うん……?」
そんなつもりで言ったわけではないのに、ノエルはさも当然のように言ってのける。
その言葉を聞くと、胸の中にもやもやとした気持ちが広がっていった。
「じゃあ母上、そろそろ部屋に帰るよ」
「えっ……」
「隠し事を教えてくれたから居座れないし、大人しく退散するから安心して寝て」
ノエルの腕がゆっくりと離れていく。
少しずつ熱が遠ざかっていく感覚に焦りと寂しさを覚えてしまい、そんな自分に困惑した。
いままではこんなことなかった。
いつも寮に送ってもらっている時は、こんなにも、名残惜しく思うことなんてなかったのに。
理解してはダメだ。
違う。
ただの勘違いのはず。
必死になって否定するのも虚しく、ノエルがおやすみの挨拶と称して頬にキスを落とすと、反論する感情は音を立てて崩れ落ち、一つの結論だけが残った。
「おやすみ、レティシア」
ノエルは私を寝かしつけると部屋を出た。
パタン、と扉が閉まる音を聞くといたたまれなくなってベッドの上を転がりまわる。そうしている間にも頭の中を埋め尽くしていくのは、ノエルが微笑む顔や声、そしてノエルと過ごした日々の記憶。
「うわぁ……どう、しよう……うわぁ……」
いくら喚いたって、一度気づかされてしまった気持ちは消えてくれない。
失恋して、もう恋はしないと決意したのはたしか一年半くらい前。
恋なんて一生するものかと思いつつ推しを守るために婚約に踏み切るという無謀な行動を起こしたのも同じ時期。
一生恋をしないと決意したのにも拘わらず、懲りずにまたこの感情を抱くなんて、我ながら笑いたくなる。
私は、ノエルに、恋をした。



