◇
すぐ目の前で、レティシアが倒れた。
抱きとめると腕が力なく下がり、顔は青白くなっている。
そんな姿を見て、目の前が真っ暗になった。
なにが起きた?
なにが原因だ?
それとも、だれかの仕業か?
様々な憶測が頭の中を埋め尽くし、呼吸さえもままならなかった。
その動揺が魔力に伝わったせいで暴走したようで、シーア国王に声をかけられて気づいた時には街の至る場所に雷が落ちていた。
「落ち着け。レティは獣化したスヴィエートの魔力の影響で中毒症状を起こしているだけだ。適切な処置をしたら目を覚ます」
「中毒、症状……」
レティシアはなにごともなかったかのように振舞っていたが、きっと苦しかっただろう。
異種族の魔力、それも、スヴィエート殿下ほどの力の強い者の魔力に触れていたらそれなりに人体に影響があったはずだ。
そんなことさえ、レティシアのすぐ近くにいたというのに、気づけていなかった。
レティシアを守ると誓っていたのに守れなかった、己の不甲斐なさに嫌悪した。
◇
それから三日が過ぎたが、レティシアはまだ目を覚まさない。
いまは宿の一室を借りて、そこでドーファン先生に治療をしてもらっているが、体内の魔力の乱れを整えるのに時間がかかっているそうだ。
僕は生徒の引率を他の先生に代わってもらい、レティシアの看病に努めた。
しかしレティシアの瞼は固く閉じられたまま。
「レティシア、三日も声を聞いてないと、そろそろ限界なんだけど」
話しかけたところで都合よく目を覚ましてくれないのはわかっている。それでも、静かに眠る姿を見ていると切なさが込み上げてきた。
あの優しい色の瞳に映してくれ。
明るい声で名前を呼んでくれ。
いくら想いが募れど願い通りにはならず、レティシアはこんこんと眠り続けている。
手に触れても、頬に触れても、髪に触れても、まったく開いてくれない瞼を見ていると胸の奥が痛みを訴える。
いつの間にか僕は、レティシアと言葉を交わせない時間に、こんなにも苦しめられるようになってしまった。
こんな状況になって改めて、レティシアの存在の大きさを思い知らされる。
思い知らされて、言葉が口を突いて出てきた。
「愛して、いるんだ」
初めて伝えるのはいつにしようかと考えていた。
それなのに、眠っているレティシアに泣き言のように零してしまうことになるとは、情けないのにも程がある。
ああ、本当に、どうにかしている。
すごく弱っているのが自分でもよくわかるくらいだ。
自分の弱さが嫌になって、笑うしかなかった。
「レティシア、恐れていることがあるんだ。父上から爵位を受け継ぐまでに、国王がなにか仕掛けてくると思う。きっと、あなたにもその手が及ぶだろう」
あの老いぼれは僕を恐れている。
恐れているからこそ、真の脅威とならないように攻撃してくるはずだ。
きっとロアエク先生の時みたいに、レティシアを狙うに違いない。
レティシアが僕の弱点であるから。
「だからもう、二人で外国に逃げないか?」
この国にいる限り、嫌でもあの老いぼれと向き合わなければならない。
レティシアを守ろうとどれだけ努力しても、綻びがあれば一瞬でレティシアを失いそうで、怖くてしかたがないのだ。
三日前のあの時のような、わずかな判断の甘さが、今度こそ死を招くこともあり得る。
だから、考えていることがある。
「シーア国王から話があった。レティシアと二人でシーアに移住しないかと打診があったんだ。いまの僕は月の力を活用できていなくて、その力の使い方を教えてやるし、レティシアの安全を保障すると言っている」
しかしその対価として、月の力を争いに使うことになるだろう。
僕は構わないが、レティシアは望まないはずだ。
そうとわかっているが、すぐに断るのは躊躇われた。
「正直、揺れている。ノックスにいればいつか国王がレティシアを狙うとわかっているだけに、それならシーアに逃げ込んだ方がいいと思い始めているんだ」
その一方で、レティシアが望まないことはしたくないと、訴えかけてくる自分もいる。
ずっと、悩んでいるんだ。
両者で悩み、その間にある解決策には、目を向けないようにしている。
卑怯なのはわかっているが、許して欲しい。
「すまない。危険に晒すとわかっているけど、レティシアを手放すつもりは全くないんだ」
自分ではないだれかに寄り添うレティシアを見たくない。
それが我儘なのは百も承知だが、どうしても譲れないのだ。
レティシアの隣は何者にも渡さない。
そこは僕の居場所だ。
「どれだけ振り回してくれたっていい。寿命を縮めてくるなら魔術で延命してつき合うつもりだ。覚悟はできているから、これからもそばにいさせてくれ」
どれだけ注意を払ってもレティシアは予想の斜め上の行動をとって僕を翻弄させる。
今回のことだって、宿を抜け出してくることまでは想定内だったが、まさかシーア国王と一緒に現れるとは思いもよらなかった。
「その代わりレティシアのこと、今度こそ守るから」
だから、目を開けて僕を見て。
そして声を聞かせてくれ。
ずっと眠っているレティシアを見ていると、心配で気が狂いそうなんだ。
「レティシア、寝ていないで相手してくれ」
レティシアの頬に手を伸ばす。
指先で撫でてみると頬が微かに動いたが、目は閉じられたままだ。
どうやらいい夢を見ているようで、口元を綻ばせている。
「また一緒に出かけよう。前にレティシアが言っていたピクニックでもしようか。だから、目を覚まして」
そっと口元をなぞるとレティシアの瞼が開いて。
優しい色の瞳が、やっと僕を映してくれた。
すぐ目の前で、レティシアが倒れた。
抱きとめると腕が力なく下がり、顔は青白くなっている。
そんな姿を見て、目の前が真っ暗になった。
なにが起きた?
なにが原因だ?
それとも、だれかの仕業か?
様々な憶測が頭の中を埋め尽くし、呼吸さえもままならなかった。
その動揺が魔力に伝わったせいで暴走したようで、シーア国王に声をかけられて気づいた時には街の至る場所に雷が落ちていた。
「落ち着け。レティは獣化したスヴィエートの魔力の影響で中毒症状を起こしているだけだ。適切な処置をしたら目を覚ます」
「中毒、症状……」
レティシアはなにごともなかったかのように振舞っていたが、きっと苦しかっただろう。
異種族の魔力、それも、スヴィエート殿下ほどの力の強い者の魔力に触れていたらそれなりに人体に影響があったはずだ。
そんなことさえ、レティシアのすぐ近くにいたというのに、気づけていなかった。
レティシアを守ると誓っていたのに守れなかった、己の不甲斐なさに嫌悪した。
◇
それから三日が過ぎたが、レティシアはまだ目を覚まさない。
いまは宿の一室を借りて、そこでドーファン先生に治療をしてもらっているが、体内の魔力の乱れを整えるのに時間がかかっているそうだ。
僕は生徒の引率を他の先生に代わってもらい、レティシアの看病に努めた。
しかしレティシアの瞼は固く閉じられたまま。
「レティシア、三日も声を聞いてないと、そろそろ限界なんだけど」
話しかけたところで都合よく目を覚ましてくれないのはわかっている。それでも、静かに眠る姿を見ていると切なさが込み上げてきた。
あの優しい色の瞳に映してくれ。
明るい声で名前を呼んでくれ。
いくら想いが募れど願い通りにはならず、レティシアはこんこんと眠り続けている。
手に触れても、頬に触れても、髪に触れても、まったく開いてくれない瞼を見ていると胸の奥が痛みを訴える。
いつの間にか僕は、レティシアと言葉を交わせない時間に、こんなにも苦しめられるようになってしまった。
こんな状況になって改めて、レティシアの存在の大きさを思い知らされる。
思い知らされて、言葉が口を突いて出てきた。
「愛して、いるんだ」
初めて伝えるのはいつにしようかと考えていた。
それなのに、眠っているレティシアに泣き言のように零してしまうことになるとは、情けないのにも程がある。
ああ、本当に、どうにかしている。
すごく弱っているのが自分でもよくわかるくらいだ。
自分の弱さが嫌になって、笑うしかなかった。
「レティシア、恐れていることがあるんだ。父上から爵位を受け継ぐまでに、国王がなにか仕掛けてくると思う。きっと、あなたにもその手が及ぶだろう」
あの老いぼれは僕を恐れている。
恐れているからこそ、真の脅威とならないように攻撃してくるはずだ。
きっとロアエク先生の時みたいに、レティシアを狙うに違いない。
レティシアが僕の弱点であるから。
「だからもう、二人で外国に逃げないか?」
この国にいる限り、嫌でもあの老いぼれと向き合わなければならない。
レティシアを守ろうとどれだけ努力しても、綻びがあれば一瞬でレティシアを失いそうで、怖くてしかたがないのだ。
三日前のあの時のような、わずかな判断の甘さが、今度こそ死を招くこともあり得る。
だから、考えていることがある。
「シーア国王から話があった。レティシアと二人でシーアに移住しないかと打診があったんだ。いまの僕は月の力を活用できていなくて、その力の使い方を教えてやるし、レティシアの安全を保障すると言っている」
しかしその対価として、月の力を争いに使うことになるだろう。
僕は構わないが、レティシアは望まないはずだ。
そうとわかっているが、すぐに断るのは躊躇われた。
「正直、揺れている。ノックスにいればいつか国王がレティシアを狙うとわかっているだけに、それならシーアに逃げ込んだ方がいいと思い始めているんだ」
その一方で、レティシアが望まないことはしたくないと、訴えかけてくる自分もいる。
ずっと、悩んでいるんだ。
両者で悩み、その間にある解決策には、目を向けないようにしている。
卑怯なのはわかっているが、許して欲しい。
「すまない。危険に晒すとわかっているけど、レティシアを手放すつもりは全くないんだ」
自分ではないだれかに寄り添うレティシアを見たくない。
それが我儘なのは百も承知だが、どうしても譲れないのだ。
レティシアの隣は何者にも渡さない。
そこは僕の居場所だ。
「どれだけ振り回してくれたっていい。寿命を縮めてくるなら魔術で延命してつき合うつもりだ。覚悟はできているから、これからもそばにいさせてくれ」
どれだけ注意を払ってもレティシアは予想の斜め上の行動をとって僕を翻弄させる。
今回のことだって、宿を抜け出してくることまでは想定内だったが、まさかシーア国王と一緒に現れるとは思いもよらなかった。
「その代わりレティシアのこと、今度こそ守るから」
だから、目を開けて僕を見て。
そして声を聞かせてくれ。
ずっと眠っているレティシアを見ていると、心配で気が狂いそうなんだ。
「レティシア、寝ていないで相手してくれ」
レティシアの頬に手を伸ばす。
指先で撫でてみると頬が微かに動いたが、目は閉じられたままだ。
どうやらいい夢を見ているようで、口元を綻ばせている。
「また一緒に出かけよう。前にレティシアが言っていたピクニックでもしようか。だから、目を覚まして」
そっと口元をなぞるとレティシアの瞼が開いて。
優しい色の瞳が、やっと僕を映してくれた。



