【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 我ながら緊急事態下で名案を思いつけたと自負する。
 その名も、【速攻アタックでがっちりホールド☆作戦~リータン☆~】!

 ナタリスを無事に確保できたこの作戦ならフェンリル状態のオルソンもまた無事に確保できるはず。

「とりゃっ!」

「レティシア?!」
「レティ?!」
「「先生?!」」
「小娘!」
「レティシア様!」

 みんなの声を背にしてオルソンめがけて飛び込むと、モフッと受け止められる。それと同時に、ピリピリとした痛みを感じた。

 たぶん、フェンリルになったオルソンの魔力がすごく強くて体が拒絶反応を起こしてるのかもしれない。異種族の強い魔力にじかに触れてしまうと、そんな反応が起こるとは聞いているけれど。
 それでも、オルソンから離れないようにしがみついた。

「オルソン、ごめんね。苦しかったよね。あなたの変化に早く気づくべきだった」

 もしかしたら今回のイベントも乗り越えられるかもしれないと浮かれていたせいで、オルソンが霊薬を飲むことになってしまった。
 防げたかもしれないのに防げなかったことが悔やまれる。私が気づかない間、オルソンは苦しんでいたはずだもの。

「あなたは十分、ひとりで頑張ったわ。だからもう終わりにしましょう? これからあなたのこと、ずっと見てるから。私だけじゃないわ。みんな一緒にいるんだからもっと頼っていいのよ。だから、自分はひとりだと、見捨てられたと思わないで」

 顔を上げ、オルソンを見る。
 深く青い海を閉じ込めたような瞳は揺れていて、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。

「大丈夫。きっと人間に戻れるから、そこから一緒にやり直していきましょう」
「クゥン」

 オルソンは切なそうに鳴くと頭を押しつけて甘えるような仕草を見せた。
 大きな体に押されるとよろめきそうになり、必死で足を踏ん張らせて受け止める。私もオルソンに体を押しつけるようにしてモフモフに顔を埋めた。

 やばい、すごく触り心地が良い。
 ふかふかで且つサラサラの毛並みの誘惑に負けて頬擦りしてしまう。

 ダメだ、ダメだ。
 いまは緊急事態なんだからモフモフを堪能するな。

 自分を律して誘惑と戦っていると、急に空から雷鳴がして辺りにあった木に落雷した。
 あ、これ、ノエルの魔法だ。

「……はっ」

 背後から凍てつくような冷気を感じ取って振り返ると、微笑みを浮かべたノエルが立っている。
 あ、これ、怒ってる。

「レティシア?」
「ひゃい」
「さっきので僕の寿命がどれくらい縮んだと思う?」
「えっと……ごめん、なさい」
「いいから早くドルイユから離れて」

 言うよりも先にノエルに腕を取られてそのまま両腕で拘束された。お腹に腕を回されてしまい、全く身動きがとれない。
 卑怯だ。
 ノエルの腕力に私が敵うはずがない。いや、魔力も敵わないんだけどさ。

 わずかな反抗心でオルソンに手を伸ばすとオルソンも顔をモフッと押しつけて応えてくれる。モフモフに触れるとやはり癒される。
 ただ、オルソンの青い瞳がチラッとノエルを一瞥するとまた空から雷鳴が聞こえてくるものだから心臓に悪かった。

   ◇

 ひとまずオルソンを人間の姿に戻すのが先決だ。

 サラと、一緒にいたリゼーブルさんを塔の中から助け出す。
 リゼーブルさんはまだ眠っているけど、たぶん疲労によるものだ。すやすやと健やかな寝息が聞こえてくる。

「リュフィエさん、光の力でドルイユさんを元に戻して欲しいの。できるかしら?」
「やってみたいけど……どうしたらいいのかわかんない……」
「浄化魔法をかけてあげてみて。そうしたら呪いが解けるように元に戻れるかもしれないわ」

 ゲームではサラがいくつもの魔法を試してみるシーンがあったけど、そのうち浄化魔法が効果を発揮してオルソンの姿を元に戻していた。
 
「大丈夫よ、きっとできるわ」
「うん、やってみる!」

 サラは両手を胸の前に組んで、目を閉じる。

「光よ、闇夜を照らす力を私に貸してください。浄化せよ(サンクトス)!」

 するとサラの手の内側から光が溢れ出して、サラが掌を解くと光はオルソンを包んだ。フェンリルを形どっていた光は、やがて人間の形へと姿を変える。そのまま光が淡く消えてると、バツが悪そうな顔をしたオルソンが姿を現わした。

「ドルドルー! 戻って良かったー!」
「うわっ! サラちゃ~ん、その顔で近づかないで~」

 感極まって涙でぐちゃぐちゃになってしまったサラが抱きつこうとするけど、オルソンが片手で制する。
 そんな二人を見ていると、イベントが無事に終わったようで胸を撫でおろした。

 が、もう一人、大きな問題が残っているのを忘れていた。

「スヴィエート、俺はまだ、その霊薬を飲めと命令していないぞ。まあ、だれに指示されたのかは、あそこに転がっている魔術師を見たら一目瞭然だがな。お前の母親が不穏な行動をとっているのには勘づいていた」
「……っ!」

 ルスが瞬く間に剣を作り出してオルソンに剣先を向ける。

「どうも最近、計画の進み具合が芳しくないと思ってな。補佐からの報告も以前よりお粗末なものになったから様子を見に来たみたが、散々だな。お前には躾しなおす必要があるようだ」

「っどういうことですか?!」

 ルスの言葉にアロイスが反応した。
 振り向くとセザールやドナもいて。それに、街の人たちも音を聞きつけて集まっている。

「これは私の異母弟、つまり、シーアの第四王子だ。表に出すことがなかったから殿下が存じてなかったのも無理はない」

 そんな大勢の人の前でオルソンの正体を暴くということは、本当にいまから連れて帰るつもりなんだろう。

「他国のことを学ばせようと思って密かに入学させていたわけだが、悲しいことに出来が悪くてね。もう一度教育しなおすから連れて帰らせてもらう」

 ルスの言葉に背筋が凍った。
 このまま引き渡してはいけない。頭の中にバッドエンドのワンシーンが過って、悪い予感を伝えてくるんだもの。

 オルソンは、シーアに連れて帰られると殺されてしまう。

 というのも、学園に攻め入ってきたシーアの魔術師にサラが捕まってしまうバッドエンドがある。
 オルソンが助けようとするものの多勢に無勢で、しかも不可解な魔術に翻弄されて捕まってしまい、そのままシーアに連れていかれるのだ。

 連れて帰られるとオルソンは命令に背いたという理由で処刑を言い渡されてしまう。
 するとオルソンは、「生き別れるくらいなら一緒に死んでくれ」と言ってサラを殺してから後を追ってしまうのよね。

 だからルスはオルソンを殺すつもりでいるに違いないと、勘がそう言ってくるのだ。

 連れて帰らせてはいけない。

「国王陛下、お待ちください。スヴィエート殿下はまだ学生です。学園に所属している以上、学園が定める必須科目を全て履修して頂かなくてはなりません」

 ルスと目が合った途端に声が震えそうになる。
 それでも精一杯声を張り上げた。

「ほう? こいつがノックスを探るために潜入していたとしても、同じことが言えるのか?」
「ええ。オリア魔法学園は、叡智を求め門戸を叩いた若く希望を持つ子どもたちを受け入れています。身分も経歴も違う、だけど定められた適性を持つ生徒たちが一堂に集まっているのです。だからどんな理由であれ、スヴィエート殿下はうちの生徒で、学ばなければならないことがまだまだ残っているんです」

 燃えるような赤い目が眇められ、眉根が寄せられると、本能は逃げろと伝えてくる。それでも両足を地面につけて踏ん張った。

「そして生徒が得るべき権利を何者にも奪われないように守るのが私の務めです。陛下がどう仰ろうと、スヴィエート殿下を帰すわけにはいきません」
「言いたいことはそれだけか?」

 真正面から睨みつけられて、地を這うような低い声で凄まれるとさすがに肩が跳ねる。
 もはや意地で立っているようなもので、唇を引き結んで見つめ返した。

 オルソンに向けられていた剣がゆっくりと動く。
 冷たい光を放つ剣先が、こちらに向かって近づいて来たその時、空からドラゴンの咆哮が聞こえてきた。

「クェェェェッ」 

 顔を上げても暗闇の中にその姿は見えず。
 そのまま空から真っ青な炎が放たれてルスを攻撃した。すんでのところでルスは身を躱す。

「この青い炎……アーテルドラゴンか」

 地面に残る青い炎の欠片は未だに勢いを失わず揺れていて、ルスの出方を窺っているようにも見えた。

 張り詰めた空気の中、ルスは大きな声を上げて笑った。

「ははは! シーアの王族に力を貸してくれると言い伝えられているアーテルドラゴンが国王の俺に炎を放ってくるとは、な。なるほど、レティを怒らせてはいけないようだ」

 そう言って、手にしていた剣を消す。

「レティ、貴殿はなかなか面白い。殺すのは惜しいな。無力で無計画で無茶なのに強い力を引き寄せているから興味深い。良いものを見せてくれた褒美にスヴィエートをここに残してやろう」

 先ほどまでの怒気はどこへ行ったのやら、出会った時のように茶目っ気たっぷりにウインクをして見せてくると目にも留まらぬ速さで手を取られた。

「これからも楽しませてくれ」

 気づけば手の甲にルスの唇が押し当てられているものだから、全身の毛が逆立つ。
 憎くも恐れ多い国王陛下のお戯れに頭が真っ白になる。

 これはどういう意図なのか、思いつかないし考えたくもなかった。なんだか厄介なことになったような気がしてならないんだもの。

 これからも楽しませてくれってことは、私、ルスにも見張られてしまうのでは……?
 そんな日常を想像するだけで眩暈がした。

 が、休む間もなく頭上から雷鳴がまた聞こえて来て、肩が跳ねる。
 あ、これ、ノエルの魔法だ。

 ノエルに身動きを封じられていて振り向けないから表情はわからないけど、ノエルから発せられる禍々しいオーラを間近で感じ取ってしまって足が震えた。

「ノノノノ、ノエル、どうしたの?」
「……なんでもないよ」

 本人はそう申告するけど、恐ろしく低い声で言われたところで説得力はない。
 そんな状態だけど、目の前にいるルスがニヤニヤして見てくるものだからいたたまれなかった。
 それに、これ以上サラたちをルスの近くにいさせたくないし、もう宿に連れて帰ろう。
 敵前逃亡ではない。生徒たちの安全が優先なのだ。

 そう思ってノエルの腕を叩く。

「ノエル、生徒たちを連れて帰りたいから放して」
「……」

 なにも言い返してこなかったけど腕を解いてくれた。

「お説教は戻ってから聞くからいまは許してちょうだい」
「悪いことしたとはわかっているようだな」

 ノエルは苦笑した。
 しかしその表情はすぐに変わって。

「レティシア……っ!」

 なぜかその目は驚きに見開かれていた。
 こんな表情のノエルは珍しいと思っていると、ぐらりと視界が反転する。

「あれ?」

 体に力が入らない。
 膝から崩れるようになって、そのまま意識が途切れた。