◇
ルスと一緒に歩いていると、時計塔がある方角から大きな爆発音が聞こえてきた。
「なにかあったんだわ! リュフィエさんを誘拐した犯人の仕業かもしれませんし、急いでいきましょう!」
「ちょっと待ってください」
早く行きたいのに、いきなりルスに腕を掴まれる。
「レティ、本当にその犯人たちの仕業だとして、どうやって生徒を助け出すつもりなんですか?」
「突進して相手が怯んだ隙に連れ出そうかと」
「突進? その他には?」
「ないです。突進あるのみです」
「突進あるのみ……ぷっ」
ルスは口元を覆うと肩を震わせている。
口だけ隠したって意味ないわよ。笑いたきゃ堂々と笑いなさい。
正直に笑ってくれたところで、許したりはしないけど。
「ははは、そう睨まないでくださいよ。あんまりにも斬新な発想だったから感動したんです」
「ええ、そのようですね。笑い涙が見えていますよ。拭いてください」
「レティが拭ってくれたら涙が止まるかもしれません」
冗談めかしてルスが手を取ってくるものだから、頬がひくひくと痙攣した。だけどルスは気に留めず、そのまま頬に触れさそうと手を上に持ち上げてくる。
ルスって丁寧な口調だから一見紳士そうに見えるけど、相当遊び人な気がするわ。
思わずため息が零れた。
「手を放してください」
顔を上げて睨むと、ルスの視線は私の後ろに向けられていて。
その口元は歪められていて、たいそう愉しそうに笑っているものだから訝しく思った。
なにを見て笑っているのかわからず、だけど振り返って視線の先を確かめるまでもなく、背後から抱き留められて誰がいるのかを知った。
「レティシア、どうしてそのお方と一緒にいる?」
耳に落ちてくるのはノエルの声で。
ノエルに力強く引き寄せられてルスから手が離れた。
「そのお方って?」
「シーア国王のことだ」
「え?! ルスは通りすがりの旅人だよ? ですよね?」
そう言って振り返るとルスはニヤリと笑う。
「ファビウス卿、久しいな。貴殿の婚約者が夜道を歩いていたから保護させてもらったぞ。レティには防御魔法が三種に呪詛返しが五種かけられていたし、おまけに使い魔が二匹もつけられているものだからすぐに貴殿の婚約者と気づいた。もはやファビウス卿の魔力しか感じられなかったからな。貴殿が婚約者に執着しているとは聞いていたが、本当らしいな」
ルスもまたノエルのことを知っているようで、口調が砕け始める。
いや、この砕けようは親しさからと言うよりも、目上の者としての威厳が込められているようだ。
すると、なぜか宿にいるはずのアロイスが前に出てきてルスに向かって礼をとった。
「シーア国王陛下、なぜあなたがお一人でここにいるのですか?」
「ただのお忍びだ。この街は実に良い場所だな」
笑っているルスとは対照的に、アロイスは冷たい表情をしていて。
そんな様子を見ているとやはり、ルスは国王……それも、敵国シーアの国王であるようだ。
ふらっと現れて酒場の場所を訊いてきたこの人が国王?
国王って一人で歩くもんじゃないはずだけど。
それに、ゲームでは残酷な人間って描写されてたのに、こんなにフランクな雰囲気出してきてるってどういうこと?
疑問が次々と浮かび上がって、頭の中がキャパオーバーしそうだ。
「レティは俺が国王だと信じてくれないようだ。しかたがないから証拠を見せてやろう」
そう言ってルスから投げ渡された指輪には、シーア王家の印章が彫られている。
「うわぁ……本物だ」
金の重さに加えて権力とか歴史的な重さも感じ取ってしまい、触れているだけで震えてしまう。慌ててルスに返した。
「レティ、改めて挨拶してやろう。俺の名はルスラーン・ヴァレリウス・シーア。騎士の真似事はなかなか楽しかったぞ。また付き合ってくれ」
ルスはすっかり化けの皮を脱いで、急に泰然とした態度になる。
言われてみると確かに、ルスの顔はオルソンと雰囲気が似ている。髪や瞳の色が違うからパッと見では気づけなかったのが迂闊だった。
この人がオルソンの兄。
オルソンを追い詰めた大人たちの内の一人で、ゲームでは学園に武装した魔術師たちを送り込んできた外道オブ外道。
ルスがオルソンや学園にしてきたことを思うと怒りが込み上げてくる。
そもそもルスがオルソンをノックスに潜り込ませなければオルソンが霊薬を飲むことなんてなかったのに。
「……あ、オルソン……」
すっかりルスの調子に流されてしまっていたけど、いまはサラを助けて宿に戻るのが先決だ。
早くオルソンの無事も確認しないといけない。
「ノエル、後は頼んだわ!」
「レティシア!」
ノエルの腕から抜け出して時計塔を目指したその時、屋根が吹き飛んだ塔の中から大きな影が飛び出してきた。
「ほう、お前はその姿になるのか」
ルスの呟きを聞いて嫌な予感がした。それと同時に、大きな影が一気に距離を詰めてくる。
見上げるほどの巨大な体を持つ魔獣が、目の前に降りたち行く手を阻んでいるのだ。
「フェンリル……」
だけどその姿は授業で学んだものと違っていて。
月明かりに照らされたそのフェンリルの瞳は海のように深い青色で、体はオレンジ色の艶やかな被毛に覆われている。
おまけに微かに甘い香水の匂いがして、オルソンだと認めざるを得なかった。
ゲームでもこのフェンリルを見た。
正真正銘、オルソンが霊薬を飲んで変身した姿だ。
「レティシア、下がって!」
ノエルの叫び声が聞こえてくる。次いで呪文が聞こえてくるとオルソンの周りに炎が上がった。
すると塔の中から光が放たれてオルソンの周りを包んで炎から守っている。
見上げてみると塔の窓からサラが顔を出していた。
「やめて! そのフェンリル、ドルドルなの! だから攻撃しないで!」
サラは泣きそうな顔をしている。きっとオルソンが霊薬を飲んだ場に居合わせたに違いない。
「グルルルル……」
オルソンは獣化した時に正気を失ってしまったのか、咆哮をあげて牙を剥く。私に向かって、唸り声を上げているのだ。
「ドルイユさん、もう大丈夫だから、警戒しないで」
声をかけてみてもちっとも届かなくて、いまにも飛びかかってきそうだ。
早くサラに光の力を使ってもらわないといけないわ。
そんなことを考えていると、さっと閃光が走ってオルソンに当たった。光に撃たれたオルソンが呻き声を上げながら時計塔に叩きつけられる。
なにが起こったのかわからずに思考が一瞬だけ停止した。
「レティ、危ないから俺がそのフェンリルを倒してやろう。もう人間としての理性も残っていないのなら生かしておくと可哀想だ」
どうやらルスの魔術だったようで、振り向くと彼の足元にはまた魔法印が現れている。
ルスはこの混乱に乗じてオルソンを殺すつもりなのかもしれない。
背筋が凍るのと同時に、頭の中が沸々と煮えたぎる。
これ以上オルソンを傷つけさせてたまるものか。
その一心でルスの前に立ちはだかった。ノエルが諫めるように名前を呼んでくるけど、そんなの聞いていられない。オルソンの命が危ないんだもの。
「私の生徒には指一本触れさせません! 保護者であろうが国王だろうが、傷つけるのなら許しませんよ!」
「ほう、権力に屈しないその姿勢は誉めてやろう。強い奴は好きだからな。だけど、レティは絶対に俺を倒せない。それはわかっているだろ?」
ええ、それはもう、痛いくらいにわかっている。
ルスの前に立ち塞がった時から膝の震えが止まらないもの。きっとルスから放たれる威圧感に気圧されてる。
それになにより、私はただのモブですし、モブなりに身の程はわきまえている。
チートな力も立場もないけれど、だけど私は教師だ。大切な生徒を見殺しにするわけにはいかない。
ここで下がればオルソンは殺されてしまうから、引くわけにはいかない。
それなのに、オルソンは背後から唸り声を上げて私に対しても威嚇してくる。
「ドルイユさん、私よ。傷つけないから怖がらないで」
「グルルルル」
「けがの手当てもしたいから、落ち着いて。ね?」
「グルルルル……」
「オルソン、大丈夫だから」
「グルッ……」
名前で呼ぶとオルソンは唸り声を上げるのを止めた。だけど近づくとまた牙を剥き出して威嚇し始めてしまう。
このまま埒が明かなければルスがまた手を出してきそうだから、そうなる前にオルソンを大人しくさせなければならない。
どうしたらいい?
オルソンを傷つけずに近づくしかない、ようね。
「……思いついたわ!」
この方法しかない。
そう自分に言い聞かせて。
「行くわよ」
振り返った先にいるオルソンにそう宣言して、地面を蹴った。
ルスと一緒に歩いていると、時計塔がある方角から大きな爆発音が聞こえてきた。
「なにかあったんだわ! リュフィエさんを誘拐した犯人の仕業かもしれませんし、急いでいきましょう!」
「ちょっと待ってください」
早く行きたいのに、いきなりルスに腕を掴まれる。
「レティ、本当にその犯人たちの仕業だとして、どうやって生徒を助け出すつもりなんですか?」
「突進して相手が怯んだ隙に連れ出そうかと」
「突進? その他には?」
「ないです。突進あるのみです」
「突進あるのみ……ぷっ」
ルスは口元を覆うと肩を震わせている。
口だけ隠したって意味ないわよ。笑いたきゃ堂々と笑いなさい。
正直に笑ってくれたところで、許したりはしないけど。
「ははは、そう睨まないでくださいよ。あんまりにも斬新な発想だったから感動したんです」
「ええ、そのようですね。笑い涙が見えていますよ。拭いてください」
「レティが拭ってくれたら涙が止まるかもしれません」
冗談めかしてルスが手を取ってくるものだから、頬がひくひくと痙攣した。だけどルスは気に留めず、そのまま頬に触れさそうと手を上に持ち上げてくる。
ルスって丁寧な口調だから一見紳士そうに見えるけど、相当遊び人な気がするわ。
思わずため息が零れた。
「手を放してください」
顔を上げて睨むと、ルスの視線は私の後ろに向けられていて。
その口元は歪められていて、たいそう愉しそうに笑っているものだから訝しく思った。
なにを見て笑っているのかわからず、だけど振り返って視線の先を確かめるまでもなく、背後から抱き留められて誰がいるのかを知った。
「レティシア、どうしてそのお方と一緒にいる?」
耳に落ちてくるのはノエルの声で。
ノエルに力強く引き寄せられてルスから手が離れた。
「そのお方って?」
「シーア国王のことだ」
「え?! ルスは通りすがりの旅人だよ? ですよね?」
そう言って振り返るとルスはニヤリと笑う。
「ファビウス卿、久しいな。貴殿の婚約者が夜道を歩いていたから保護させてもらったぞ。レティには防御魔法が三種に呪詛返しが五種かけられていたし、おまけに使い魔が二匹もつけられているものだからすぐに貴殿の婚約者と気づいた。もはやファビウス卿の魔力しか感じられなかったからな。貴殿が婚約者に執着しているとは聞いていたが、本当らしいな」
ルスもまたノエルのことを知っているようで、口調が砕け始める。
いや、この砕けようは親しさからと言うよりも、目上の者としての威厳が込められているようだ。
すると、なぜか宿にいるはずのアロイスが前に出てきてルスに向かって礼をとった。
「シーア国王陛下、なぜあなたがお一人でここにいるのですか?」
「ただのお忍びだ。この街は実に良い場所だな」
笑っているルスとは対照的に、アロイスは冷たい表情をしていて。
そんな様子を見ているとやはり、ルスは国王……それも、敵国シーアの国王であるようだ。
ふらっと現れて酒場の場所を訊いてきたこの人が国王?
国王って一人で歩くもんじゃないはずだけど。
それに、ゲームでは残酷な人間って描写されてたのに、こんなにフランクな雰囲気出してきてるってどういうこと?
疑問が次々と浮かび上がって、頭の中がキャパオーバーしそうだ。
「レティは俺が国王だと信じてくれないようだ。しかたがないから証拠を見せてやろう」
そう言ってルスから投げ渡された指輪には、シーア王家の印章が彫られている。
「うわぁ……本物だ」
金の重さに加えて権力とか歴史的な重さも感じ取ってしまい、触れているだけで震えてしまう。慌ててルスに返した。
「レティ、改めて挨拶してやろう。俺の名はルスラーン・ヴァレリウス・シーア。騎士の真似事はなかなか楽しかったぞ。また付き合ってくれ」
ルスはすっかり化けの皮を脱いで、急に泰然とした態度になる。
言われてみると確かに、ルスの顔はオルソンと雰囲気が似ている。髪や瞳の色が違うからパッと見では気づけなかったのが迂闊だった。
この人がオルソンの兄。
オルソンを追い詰めた大人たちの内の一人で、ゲームでは学園に武装した魔術師たちを送り込んできた外道オブ外道。
ルスがオルソンや学園にしてきたことを思うと怒りが込み上げてくる。
そもそもルスがオルソンをノックスに潜り込ませなければオルソンが霊薬を飲むことなんてなかったのに。
「……あ、オルソン……」
すっかりルスの調子に流されてしまっていたけど、いまはサラを助けて宿に戻るのが先決だ。
早くオルソンの無事も確認しないといけない。
「ノエル、後は頼んだわ!」
「レティシア!」
ノエルの腕から抜け出して時計塔を目指したその時、屋根が吹き飛んだ塔の中から大きな影が飛び出してきた。
「ほう、お前はその姿になるのか」
ルスの呟きを聞いて嫌な予感がした。それと同時に、大きな影が一気に距離を詰めてくる。
見上げるほどの巨大な体を持つ魔獣が、目の前に降りたち行く手を阻んでいるのだ。
「フェンリル……」
だけどその姿は授業で学んだものと違っていて。
月明かりに照らされたそのフェンリルの瞳は海のように深い青色で、体はオレンジ色の艶やかな被毛に覆われている。
おまけに微かに甘い香水の匂いがして、オルソンだと認めざるを得なかった。
ゲームでもこのフェンリルを見た。
正真正銘、オルソンが霊薬を飲んで変身した姿だ。
「レティシア、下がって!」
ノエルの叫び声が聞こえてくる。次いで呪文が聞こえてくるとオルソンの周りに炎が上がった。
すると塔の中から光が放たれてオルソンの周りを包んで炎から守っている。
見上げてみると塔の窓からサラが顔を出していた。
「やめて! そのフェンリル、ドルドルなの! だから攻撃しないで!」
サラは泣きそうな顔をしている。きっとオルソンが霊薬を飲んだ場に居合わせたに違いない。
「グルルルル……」
オルソンは獣化した時に正気を失ってしまったのか、咆哮をあげて牙を剥く。私に向かって、唸り声を上げているのだ。
「ドルイユさん、もう大丈夫だから、警戒しないで」
声をかけてみてもちっとも届かなくて、いまにも飛びかかってきそうだ。
早くサラに光の力を使ってもらわないといけないわ。
そんなことを考えていると、さっと閃光が走ってオルソンに当たった。光に撃たれたオルソンが呻き声を上げながら時計塔に叩きつけられる。
なにが起こったのかわからずに思考が一瞬だけ停止した。
「レティ、危ないから俺がそのフェンリルを倒してやろう。もう人間としての理性も残っていないのなら生かしておくと可哀想だ」
どうやらルスの魔術だったようで、振り向くと彼の足元にはまた魔法印が現れている。
ルスはこの混乱に乗じてオルソンを殺すつもりなのかもしれない。
背筋が凍るのと同時に、頭の中が沸々と煮えたぎる。
これ以上オルソンを傷つけさせてたまるものか。
その一心でルスの前に立ちはだかった。ノエルが諫めるように名前を呼んでくるけど、そんなの聞いていられない。オルソンの命が危ないんだもの。
「私の生徒には指一本触れさせません! 保護者であろうが国王だろうが、傷つけるのなら許しませんよ!」
「ほう、権力に屈しないその姿勢は誉めてやろう。強い奴は好きだからな。だけど、レティは絶対に俺を倒せない。それはわかっているだろ?」
ええ、それはもう、痛いくらいにわかっている。
ルスの前に立ち塞がった時から膝の震えが止まらないもの。きっとルスから放たれる威圧感に気圧されてる。
それになにより、私はただのモブですし、モブなりに身の程はわきまえている。
チートな力も立場もないけれど、だけど私は教師だ。大切な生徒を見殺しにするわけにはいかない。
ここで下がればオルソンは殺されてしまうから、引くわけにはいかない。
それなのに、オルソンは背後から唸り声を上げて私に対しても威嚇してくる。
「ドルイユさん、私よ。傷つけないから怖がらないで」
「グルルルル」
「けがの手当てもしたいから、落ち着いて。ね?」
「グルルルル……」
「オルソン、大丈夫だから」
「グルッ……」
名前で呼ぶとオルソンは唸り声を上げるのを止めた。だけど近づくとまた牙を剥き出して威嚇し始めてしまう。
このまま埒が明かなければルスがまた手を出してきそうだから、そうなる前にオルソンを大人しくさせなければならない。
どうしたらいい?
オルソンを傷つけずに近づくしかない、ようね。
「……思いついたわ!」
この方法しかない。
そう自分に言い聞かせて。
「行くわよ」
振り返った先にいるオルソンにそう宣言して、地面を蹴った。



