【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

   ◇

 どうか偉大なる国王になりますようにと、そう期待を込めて、母上は俺の名前に光と闇の意味を混ぜ合わせた。
 光の力と闇の力。そのいずれも手にするような特別な存在となって欲しいと。 

 俺は母上にとっての特別になりたくて、勉強や魔術の修行に明け暮れた。
 どんなに魔術の修行が苦しくても耐えられたし、強さを求め続けられたのは、母上に期待されていたからであって。
 幼かった俺はそれが愛情だと勘違いしていた。愛情だと思っているものを享受して、それなりに幸せな日々を送っていた。

 しかし、そんな日常は急に終わりを告げた。
 母上は待っていてくれなかったのだ。

 いつまでたっても第一王子以上の強さを証明できない俺には微笑んでくれなくなり、もう一度息子を授かろうと、父上の気を引くのに忙しくなってしまった。

 シーアの国王になるのは強い魔術師のみ。
 母上は、玉座に座る息子が欲しかったわけで。

 そんな母上を見た周囲の大人たちは、第四王子は母君に捨てられたのだと、口々に囁いてはその現実を教えてくれた。

「スヴィエート、お前は十分に頑張っているよ」

 落ち込んでいる俺にそう声をかけてくれたのは二番目の兄上だった。
 異母弟の俺にも優しく声をかけてくれる兄上に支えられて再び立ち上がろうとしていた矢先に、兄上は、別の兄上の手の者によって命を落とした。

 強くなければ、他者を牽制するほどの力を持たなければ、愛情も得られず、生きてもいけない世界。

 それでも耐えて生き延びていたある日、国王となった一番上の兄上から命令が下された。
 敵国ノックスに潜入しろ、と。
 断れば自分はおろか、母上の命だって危ぶまれる。

 母上は守りたかったし、なにより、王の命令は絶対。
 だから俺はノックスを滅ぼすためにここに来たはずなのに。

 それなのに迷いが生じて相反する行動をとる自分もいた。

 全てはあの日、好奇心のままにレティせんせに声をかけてから崩れてしまった。
 ノエル・ファビウスが惚れ込んでいる伯爵令嬢。
 ノックス王族に受け継がれてきた月の力を持つのに、ノックスを裏切ろうとしている男を変えた人物だからどんな人となりなのか気になっていた。
 彼女のせいでファビウス卿は変わってしまったのだとローランが嘆いているのを聞いていて、言葉を交わしてみたかった。

 俺と同じ匂いを感じてたファビウス卿を変えられたのなら、俺のことも変えてくれるかもしれないと。
 心のどこかでそう希望を抱いていたのは、否定できない。

   ◇

「あ~あ、こんなこと、するつもりじゃなかったんだけどな」

 存外力が出てしまって塔の屋根が吹き飛んでしまった。
 崩れた壁から外を見下ろすと、さきほどまで目の前にいた母上の使いたちが倒れている。


 このような事態になった原因は遡ること数時間前。

 生徒がいなくなった、と教師たちが一心不乱になって探している隙をついて、母上の手の者たちが光使いちゃんを誘拐していた。
 光使いちゃんを誘拐した魔術師一派から、俺もついてくるようにと魔術で信号を送られてきたわけで。
 だから大人しく、奴らが拠点にしている時計塔に来た。
 光使いちゃんは眠らされていて、塔の床に転がされているというのに呑気に寝息を立てている。その隣では例の生徒も眠っていて、役目を終えたから術は解かれているようだ。

 こいつらを助けようとは微塵も思っていなかった。
 このままあの霊薬を飲んで、命令通りに混乱を起こすつもりでいて。

 それなのに、塔の中で作戦を聞かされている間に、出立前にレティ先生がかけてくれた言葉と、不安そうな表情を思い出してしまい――。

 母上からの命令に背こうと、考えてしまった。

 これから起こす事件でレティ先生を失いたくないと、そんな気持ちが膨れ上がると止められなかった。
 あの時のレティ先生の表情が、兄上に似ていたから。

 俺自身はちっとも特別な存在になれなかったが、そんな俺に心を向けてくれた人を、もう失いたくない。
 レティ先生は、無償の愛を向けてくれたから。

 霊薬で姿を変えて、魔術師たちを殺して、そのまま俺はファビウス卿に殺されたらいい。
 レティ先生を襲うフリでもしたら、あの人はきっと殺してくれるはずだ。

 それですべてが終わる。

 そう思い至った時には呪文を唱えて、母上の使いたちを吹き飛ばしていた。

「ふげっ?! ……っは! ここどこ?!」

 眠らされていた光使いちゃんが爆発音を聞いて飛び起きた。

「時計台。雑魚どもに連れてこられてここで寝かされてたんだよ」
「えっ?! ていうことは、ドルドルが助けに来てくれたの?! ありがとう!」
「俺、サラちゃんのこと嫌いなんだよね」
「え? 今の話の流れでなんで嫌われるの?」
「サラちゃんはさ、俺がどれだけ頑張っても手にできなかったモンを、簡単に手に入れてるんだもん」

 光使いの力。
 家族からの愛情。
 己の居場所。

 どれ一つとして俺は持っていないのに、彼女は全て持っている。

「しょ~じきに言ってさ、このまま雑魚どもと一緒に吹き飛ばそうかと思ったけど、そんなことしたらきっとレティせんせが泣いちゃうから止めたんだ。これ以上巻き込まれないように防御魔法でもかけてそこの女と大人しくしといてよ。そうしたら安全だからさ」
「……ねぇ、ドルドル、なにしようとしてるの?」

 いやに勘が鋭いのがまた腹立たしい。

「ドルドルに何かあっても、メガネせんせーは泣いちゃうよ?」
「そんなことないよ。俺より光使いのサラちゃんの方が大切なんだからさ」

 やめてくれ。
 迷いを呼ばないでくれ。
 否定を口にするのに、心は「そうであって欲しい」と叫んで首を締めつけてくるから。

 握りしめていたガラス瓶の蓋を開ける。
 喉に流し込んだ液体はこの上なく苦くて冷たく、吐き気がする。
 それでも飲み切ると体中が熱くなって息ができないほどの痛みに襲われた。