なにかが起こっている。
でも、そのなにかの正体が全くつかめなくてもどかしい。ゲームではこんなイベントなんてなかったのに。
急がなきゃ。
嫌な予感がしてならなくて、気持ちだけが先に動いてしまう。
イザベルはとてもいい子だけど、ゲームでは悪役令嬢の設定だったから、いまの状況にゲームの中で彼女が陥った結末がだぶってしまい、ただならぬ危機を感じる。
息が上がってしまっているのもそのままに講堂の中に入ると、すでに生徒たちが集まっていて、騒めいている。
教師の姿はなく、いるのは生徒ばかり。
彼らが熱心に見つめているステージの上には、アロイスとセザールとサラがいる。
すると、扉のすぐ近くに立っていた誰かに腕を掴まれて、そのまま柱の陰に引っ張られた。振り返って掴んできた人物の顔を確認すると、ドナだった。なにやら楽しそうにしていて、ニタニタと笑みを浮かべている。
「おっ、メガネが潜り込んでるじゃねーか。どうやってこの集会を知ったの?」
なんてお気楽なことを聞いてくる。
「偶然聞いたんです。一体なにごとなんですか?」
「まあまあ、おもしれーこと始まるから見とけよ。騒ぐんじゃねぇぞ? 本当は先生たちに知られる前に片付けようとしていたんだからよ」
そんなことを言われても黙って見ていられるわけがない。だけど言い返そうとするとドナが片手で口を覆ってくるものだから話せず、ただもごもごと音を出すことしかできなかった。
睨んでみてもドナは鼻歌交じりでステージを見ていて、まったく気にしていない様子だ。
こんな緊急事態を楽しんでいるなんて、と腹立たしく思う一方で、そんなドナを見ていてると違和感を覚えた。
いつものドナならこんな時には最前列に居座って成り行きを見守ったり、なんなら自分も参加しようとして割って入ろうとするはず。それなのにこんな会場の端で大人しくしているのは珍しいというか、らしくないというか、なにか別の意図があるように思えてしまうのは、疑心暗鬼になっているのかしら?
ほどなくしてアロイスがステージの真ん中に立った。
瞳には怜悧な光が宿っていて、まるで【氷の王子様】に戻ってしまったかのようで胸騒ぎがする。
するとアロイスが口火を切った。
「束の間の業間だというのに呼びかけに応じてくれて感謝する」
しんと静まり返った会場の中を響く声は、淡々と言葉を紡ぐ。
「近頃、イザベル・セラフィーヌが風紀を乱す行動をとっていると囁かれている。とりわけリュフィエさんへの嫌がらせは目も当てられないほどだ、と。実際に私も、その現場を見かけた。生徒会室に行く途中にある廊下で、イザベルがリュフィエさんを突き飛ばすところをね」
アロイスの言葉が信じられなくて、頭の中で何度も反芻させた。
イザベルがサラに嫌がらせをしている?
嘘でしょう?
だって、いまでは二人ともクラスが違っても昼休みか放課後には待ち合わせして話しているほど仲が良いのに。
なんで?
どうなっているの?
頭の中が疑問でいっぱいでふらりと体勢を崩しそうになると、ドナが支えてくれた。
いつものドナらしくない、ひどく真面目腐った顔で覗き込んでくる。
「メガネ、これは俺たちの問題だから介入するな。悪いようにはならないから大人しく見ておけよ」
ドナはそう言うけど、会場にはイザベルを非難する声が満ちていて。
生徒たちの視線はステージのすぐ目の前にある席に集まった。そこにはイザベルが座っていて、座席にいたイザベルは、大勢の視線を向けられても動揺せずに受け止めている。
力強く真っすぐな眼差しを崩さず、しっかりと背筋を伸ばしているのだ。
するとサラが声を上げた。
両手を胸の前で結んで、目には涙を浮かべている。
「私はそんなことされていないです。それに、イザベルはいつも私のことを気に掛けてくれる優しい人です」
サラがそう訴えかけていても、「言わされている」だの「早く悪事を暴け」だの唱える声が聞こえてくる。
アロイスも視線をイザベルに向けた。
「私は自分の目が信じられなかったが、止めようと思って声をかけようとすると、そのイザベルとリュフィエさんは本館に行ってしまったんだ。追いかけようとしたその時に近くにあった生徒会室の扉が開いて、イザベルが出てきた。それで気づいたんだ。だれかがイザベルの幻影を見せているということにね」
ざわめきが一段と大きくなった。
だれもが幻影を見せられていた可能性なんて考えもしなかったのだろう。
「その幻影を作った人はイザベルの行動をよく知っているようだね。いつものイザベルなら生徒会室にいない時間だったよ。彼女は昼休みにはいつもリュフィエさんと庭園で話をしているから。でもその日は、手伝って欲しい仕事があって私が呼びだしていたんだ」
確かに今はアロイスが生徒会長を務めていて、イザベルがその補佐をしている。イザベルのアリバイがアロイスによって証明されたようだ。
ホッとして胸を撫でおろした。
しかしアロイスの眼光は鋭いままで。
「リュフィエさんの件では飽き足らず、イザベルがとある男子生徒に言い寄っていると噂しているようだが、それも幻影だと証明してみせよう。ここにいるセザールに頼んで調べさせた」
アロイスがそう言うと、セザールが待っていましたと言わんばかりに前に進み出た。悪魔のような笑みを浮かべて片手で眼鏡を持ち上げる姿は様になっていて。
本能的に身の危険を感じてしまった。
でも、そのなにかの正体が全くつかめなくてもどかしい。ゲームではこんなイベントなんてなかったのに。
急がなきゃ。
嫌な予感がしてならなくて、気持ちだけが先に動いてしまう。
イザベルはとてもいい子だけど、ゲームでは悪役令嬢の設定だったから、いまの状況にゲームの中で彼女が陥った結末がだぶってしまい、ただならぬ危機を感じる。
息が上がってしまっているのもそのままに講堂の中に入ると、すでに生徒たちが集まっていて、騒めいている。
教師の姿はなく、いるのは生徒ばかり。
彼らが熱心に見つめているステージの上には、アロイスとセザールとサラがいる。
すると、扉のすぐ近くに立っていた誰かに腕を掴まれて、そのまま柱の陰に引っ張られた。振り返って掴んできた人物の顔を確認すると、ドナだった。なにやら楽しそうにしていて、ニタニタと笑みを浮かべている。
「おっ、メガネが潜り込んでるじゃねーか。どうやってこの集会を知ったの?」
なんてお気楽なことを聞いてくる。
「偶然聞いたんです。一体なにごとなんですか?」
「まあまあ、おもしれーこと始まるから見とけよ。騒ぐんじゃねぇぞ? 本当は先生たちに知られる前に片付けようとしていたんだからよ」
そんなことを言われても黙って見ていられるわけがない。だけど言い返そうとするとドナが片手で口を覆ってくるものだから話せず、ただもごもごと音を出すことしかできなかった。
睨んでみてもドナは鼻歌交じりでステージを見ていて、まったく気にしていない様子だ。
こんな緊急事態を楽しんでいるなんて、と腹立たしく思う一方で、そんなドナを見ていてると違和感を覚えた。
いつものドナならこんな時には最前列に居座って成り行きを見守ったり、なんなら自分も参加しようとして割って入ろうとするはず。それなのにこんな会場の端で大人しくしているのは珍しいというか、らしくないというか、なにか別の意図があるように思えてしまうのは、疑心暗鬼になっているのかしら?
ほどなくしてアロイスがステージの真ん中に立った。
瞳には怜悧な光が宿っていて、まるで【氷の王子様】に戻ってしまったかのようで胸騒ぎがする。
するとアロイスが口火を切った。
「束の間の業間だというのに呼びかけに応じてくれて感謝する」
しんと静まり返った会場の中を響く声は、淡々と言葉を紡ぐ。
「近頃、イザベル・セラフィーヌが風紀を乱す行動をとっていると囁かれている。とりわけリュフィエさんへの嫌がらせは目も当てられないほどだ、と。実際に私も、その現場を見かけた。生徒会室に行く途中にある廊下で、イザベルがリュフィエさんを突き飛ばすところをね」
アロイスの言葉が信じられなくて、頭の中で何度も反芻させた。
イザベルがサラに嫌がらせをしている?
嘘でしょう?
だって、いまでは二人ともクラスが違っても昼休みか放課後には待ち合わせして話しているほど仲が良いのに。
なんで?
どうなっているの?
頭の中が疑問でいっぱいでふらりと体勢を崩しそうになると、ドナが支えてくれた。
いつものドナらしくない、ひどく真面目腐った顔で覗き込んでくる。
「メガネ、これは俺たちの問題だから介入するな。悪いようにはならないから大人しく見ておけよ」
ドナはそう言うけど、会場にはイザベルを非難する声が満ちていて。
生徒たちの視線はステージのすぐ目の前にある席に集まった。そこにはイザベルが座っていて、座席にいたイザベルは、大勢の視線を向けられても動揺せずに受け止めている。
力強く真っすぐな眼差しを崩さず、しっかりと背筋を伸ばしているのだ。
するとサラが声を上げた。
両手を胸の前で結んで、目には涙を浮かべている。
「私はそんなことされていないです。それに、イザベルはいつも私のことを気に掛けてくれる優しい人です」
サラがそう訴えかけていても、「言わされている」だの「早く悪事を暴け」だの唱える声が聞こえてくる。
アロイスも視線をイザベルに向けた。
「私は自分の目が信じられなかったが、止めようと思って声をかけようとすると、そのイザベルとリュフィエさんは本館に行ってしまったんだ。追いかけようとしたその時に近くにあった生徒会室の扉が開いて、イザベルが出てきた。それで気づいたんだ。だれかがイザベルの幻影を見せているということにね」
ざわめきが一段と大きくなった。
だれもが幻影を見せられていた可能性なんて考えもしなかったのだろう。
「その幻影を作った人はイザベルの行動をよく知っているようだね。いつものイザベルなら生徒会室にいない時間だったよ。彼女は昼休みにはいつもリュフィエさんと庭園で話をしているから。でもその日は、手伝って欲しい仕事があって私が呼びだしていたんだ」
確かに今はアロイスが生徒会長を務めていて、イザベルがその補佐をしている。イザベルのアリバイがアロイスによって証明されたようだ。
ホッとして胸を撫でおろした。
しかしアロイスの眼光は鋭いままで。
「リュフィエさんの件では飽き足らず、イザベルがとある男子生徒に言い寄っていると噂しているようだが、それも幻影だと証明してみせよう。ここにいるセザールに頼んで調べさせた」
アロイスがそう言うと、セザールが待っていましたと言わんばかりに前に進み出た。悪魔のような笑みを浮かべて片手で眼鏡を持ち上げる姿は様になっていて。
本能的に身の危険を感じてしまった。



