【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。

 ローラン・ダルシアクは感情を隠すのが得意だ。
 隠すというより、消してしまうと表現する方が適切であるのかもしれない。

 夢を操る魔術師はたいてい、彼のように心の内側を見せない。
 それには様々な理由があるが、一番は身を守るためである。その力を恐れ、抑圧しようとする者たちから自分の身を守るために。

 こちらはお前の秘密を握っているんだと示すこともあれば、自分はなにも知らないと言わんばかりに無知を演じて、その力を持っていることを悟られないようにしている。
 長い迫害の歴史が彼らをそのように作り変えた。
 
 強い力は宿す者を不幸にする。それでも夢を操る魔術師たちは生き抜いていくためにあらゆる国を渡り歩いてその力を行使する。

 そうして夢を操る魔術師たちは悲しい歴史を新たに刻み、彼らの不幸の連鎖は続いていく。

   ◇

 ローランの姿を探して魔術省舎の裏庭に辿り着くと、意外にも彼はそこにいた。普段のローランがここに来ることは稀で、暇さえあれば同僚たちと話している。それが最も【ローラン・ダルシアク】らしいからだ。

 そんなローランは椅子に腰かけてじっと噴水を見ていた。
 明るくて社交的な【ローラン・ダルシアク】とも、シーア王国第四王子の補佐とも違う、人間らしいローランを初めて見た。恐らくいまは、本来の()ともいうべきなのかもしれない。

 己の名前を捨てざるを得なかった不幸な男の素顔だろう。

「ローラン、最近は演技力が鈍っているんじゃないか?」
「鈍っている? どういうことですか?」

 近づくといつもの無表情を見せてくる。どうやら勘の働きは鈍っていないようだ。声をかけるよりも先に気づいていた。
 果たしてウンディーネのことを話題にするとどれほど動揺するのだろうか。試しに揺さぶりをかけてみるとしよう。

「ウンディーネの前ではその仮面が剥がれているそうだ。レティシアに気づかれているぞ」
「……っ」

 名前を言うだけでローランの顔つきが変わった。なるほど、レティシアだけではなく誰の目から見ても明らかな変わり様だ。レティシアが気になったのも無理はないだろう。

「彼女が突拍子もないことをしてくるからです」
「その割にはウンディーネの話に最後まで付き合っているそうではないか」
「わ、私はただ、」
 
 言葉に詰まるローランも珍しい。レティシアのことで忠告した時でさえこのような反応は見せなかったというのに。
 隙のないこの男の防御に綻びが見えた瞬間だった。これが好機となるか裏目に出るか、いまはどちらとも言い難いが、賭けてみる価値はある。

 今後、下手な真似をされないためにも。

「なんとも思ってないわけではないだろう? それなら、お前の行動次第でウンディーネが犠牲になり得ることを覚えておけ」
「どういうことですか?」
「この国を内側から弱体化させるとなれば当然、精霊にも影響が及ぶ」

 すでに森に魔物を放ったことがあるローランにとっては耳が痛い話のはずだ。空も、大地も、森も人も、少しずつ弱めて国全体の力が落ちるのを見計らって攻め込むのがシーアの計画。
 まだ指示がないだけで、いずれは湖に魔物を召喚する時が来るだろう。

 さあ、どうする?
 お前はそれでもシーアの人形であり続けるのか?

 祖国でもない国のために。それも、お前のその力を使い捨てるために拾ったような国のためにそこまで身を尽くすつもりなのか、考えてみるといい。

「それに、このままシーアがノックスを取り込んだ時、支配されるのは領土と国民だけではないはずだ。ましてやシーアは精霊たちへの信仰心が薄いのに、ウンディーネの安全が保障されるはずがない」
「……」

 ローランは下を向いた。無表情を繕うその心のうちに迷いが生まれているのが見て取れる。そのまま迷って、こちらに引きずられるといい。

「このところ生徒たちをかぎ回っているようだが、その計画を実行するべきなのかはいま一度考えるべきだな」

 すると、俯いていたローランは顔を上げた。迷いに苦しむ、人間らしい表情を浮かべて。

「闇の王、あなたはどういうおつもりなんですか? シーアに協力すると言ったのは偽りなのですか?」
「偽りではない。強い魔力を恐れて抑圧してくる国王を引きずり下ろすために協力すると言った。そんな国王は王座にふさわしくないとお前も思うだろう?」
「……ええ、私はあなたのその強さに憧れています」

 夢を操る魔術師にとって抑圧からの解放は悲願。ローランも例に漏れず、心のどこかではそれを願っている。
 そのためか、この答えはいいように作用してくれたようだ。ローランの反応は悪くはない。

 操り人形のように任務をこなしていたローランの心できた隙。こちらとしては好都合だがシーアがこのことを知れば黙ってはいないだろう。スヴィエート殿下に知られないようにするしかない。

「それでは手始めに、悪夢を見せてやって欲しい奴がいる。協力してくれるか?」

 ローランは立ち上がり、「仰せのままに」と、確かに答えた。